286: RSウイルス融合糖タンパク質(RSV Fusion Glycoprotein)
ワクチンは、ウイルス性疾患と闘う医学界における最も強力なツールのひとつであり、次のようなしくみで機能している:ウイルスの断片を私たちに投与することで免疫系を刺激し、その断片を認識する抗体を作らせ、最終的に実際のウイルスが攻撃してきたときに備える。しかし多くの場合、ワクチンが功を奏するかどうかはどのウイルス分子を選ぶかによって決定的に左右される。ポリオ(polio)ワクチンや天然痘(smallpox)ワクチンのような初期のものは、不活化したウイルス全体や危険性の低いウイルスの近縁種を使うという単純なやり方を使っていた。現在ではより標的を絞り、ウイルスの最も効果的な部分だけを選んでワクチンを作るという方法を取っている。構造生物学は、これらのワクチン分子が効果を最大限発揮するよう調整するのに役立っている。
RSウイルス融合糖タンパク質
研究者たちは、RSウイルス(respiratory syncytial virus、RSV、呼吸器合胞体ウイルス)の感染と闘うワクチンの開発に長年取り組んできた。RSウイルスは乳幼児や高齢者の生命を脅かす呼吸器感染症を引き起こす。このワクチン開発の多くは、ウイルスの融合糖タンパク質に焦点を当てて行われていた。この糖タンパク質はウイルス表面にスパイクをつくり、感染先となる細胞をウイルスが見つけて侵入できるようにする。融合糖タンパク質は抗体がアクセスしやすく、これを阻害することでウイルスが細胞に付着するのを阻止できるため、ワクチンの標的としては魅力的である。しかし、感染の過程で非常に大きな構造変化を起こすため、難しい標的でもある。PDBエントリー4jhwで見られるように、ウイルス表面にある「融合前」の形状はコンパクトな3量体である。上側にあるいくつかのループ(ここでは濃い赤色で示す)は抗体が容易にアクセスできるようになっており、主要な抗原部位を構成している。ウイルスが細胞に付着すると、三量体は弾けて開き、細胞膜に挿入される。これがウイルスと細胞の橋渡しをする。その後、タンパク質全体の大幅な配置転換が行われ、最終的にPDBエントリー3rrrで見られる「融合後」の形になる。この構造を見ると分かるように、すべてが別の場所にあり、主要な抗原部位はタンパク質の真ん中に埋もれていて、抗体はほとんどアクセスすることができない。
ワクチンの設計
RSウイルスのワクチン設計が大きく進歩したのは、これらの構造を改変し、接着して融合前の形状を持つようにした融合糖タンパク質が設計された時であった。この人工設計タンパク質は、感染性ウイルスに見られる形状をまねているため、免疫系を刺激しウイルスに集中するよう促すことができる。この考えは、高齢者をRSウイルスによる感染から守り、妊娠中に新生児が感染しないようにするためのワクチンとして、米国食品医薬品局(US Food and Drug Administration)から承認を受けたばかりのRSウイルスワクチン(アレクスビー Arexvy とアブリスボ Abrysvo)の開発につながった。現在SARS-CoV-2の感染から私たちを守っているmRNAワクチンにも似たような方法が用いられている。このワクチンは、融合する前の安定状態にあるウイルススパイクタンパク質を使って免疫系を刺激するものである。
免疫系を助ける
特に感染しやすい乳児の場合、RSウイルス感染から守るために、さらに補完的な方法が用いられる。ウイルスに対する第一線の障壁となるよう抗RSウイルス抗体が投与される。これらの抗体はワクチンによって誘発される抗体と似ていて、ウイルス表面にあって融合前の形状をしている融合糖タンパク質に結合する。PDBエントリー5udcの構造は、抗体治療薬ニルセビマブ(nirsevimab)がどのように作用するのかを示している。
構造をみる
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PDBエントリー4mmvの構造には、融合前の安定状態にあるRSウイルス融合糖タンパク質の設計技術に関する原理実証研究が含まれている。このタンパク質には、タンパク質を安定化させるための変更がいくつか含まれている。融合前の型では非常に近い位置にあるが、融合後の型ではタンパク質の反対側に配置される2つのアミノ酸の間にジスルフィド結合が付加されている。いくつかのアミノ酸は小さなポケットを埋めるように修飾されていて、これにより融合前の型はさらに安定化している。最後に、鎖の末端に短い断片を追加し、3つの鎖を強固に結合させる「フォルドン」(foldon)を作っている。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、この構造をより詳しく見てみて欲しい。
理解を深めるためのトピックス
- RSウイルスおよびRSウイルス感染症と闘うための治療法について、詳細は米国疾病管理センターのページ(英語)をご覧ください。
参考文献
- 2021 RCSB Protein Data Bank resources for structure-facilitated design of mRNA vaccines for existing and emerging viral pathogens. Structure 29 1-14
- 5udc 2017 A highly potent extended half-life antibody as a potential RSV vaccine surrogate for all infants. Sci Transl Med 9 eaak1928
- 4mmv 2013 Structure-based design of a fusion glycoprotein vaccine for respiratory syncytial virus. Science 342 592-598
- 4jhw 2013 Structure of RSV fusion glycoprotein trimer bound to a prefusion-specific neutralizing antibody. Science 340 1113-1117
- 3rrr 2011 Structure of respiratory syncytial virus fusion glycoprotein in the postfusion conformation reveals preservation of neutralizing epitopes. J Virol 85 7788-7796