20: ポリオウイルスとライノウイルス(Poliovirus and Rhinovirus)
小さなRNAウイルス
ウイルスは生物的ハイジャック犯である。生きた細胞を攻撃してたくさんの新しいウイルスを作らせる。そして多くの場合、ウイルスを作る過程で細胞は破壊されてしまう。ピコルナウイルス(picornavirus)は、最も単純な部類のウイルスで、「小さなRNAウイルス」とも呼ばれている。このウイルスは、感染対象の細胞表面を探し出して結合する組み立て式のタンパク質製の殻と、その殻に取り囲まれた短いRNAの断片とでできている。この短いRNAには、細胞の機械を利用し新しいウイルスの構築を指示するのに必要な情報全てが含まれている。ピコルナウイルスは単純であるにも関わらず、というよりは恐らく単純だからこそ、ヒトの健康と繁栄に最も重要なウイルスの一つともなっている。ここでは3つのよく知られている例を示す。上はポリオウイルス(poliovirus、PDBエントリー 2plv)、中央は一般的な風邪を引き起こすライノウイルス(rhinovirus、PDBエントリー 4rhv)、下は家畜に口蹄疫(foot and mouth disease)を引き起こすウイルス(PDBエントリー 1bbt)である。
特殊化
ポリオウイルスとライノウイルスはどちらも人類を第一の標的とするよう特化してきたが、2つの異なる方法を使う。ポリオウイルスは3種類の似た型があり、ウイルスを受けたヒトを一度だけ攻撃するよう設計されている。感染したウイルスはウイルスの子孫を作り、次の感染者を求めて出て行く。ポリオウイルスが引き起こすのは、ほとんどの場合単なるインフルエンザ様の疾患で、これはウイルスが消化器系細胞を攻撃することに起因する。そしてこの感染は免疫機構(immune system)によって速やかに一掃される。ところがウイルスは、100回につき1度程度の割合で筋肉の動きを制御する神経細胞に広まり、これに感染すれば麻痺(灰白脊髄炎、小児麻痺、poliomyelitis)を引き起こす。
一方、ライノウイルスは様々な型が見られ、ウイルスを受けたヒトは一生のうちに何度も攻撃を受ける。風邪を引く度に、異なる型のライノウイルス(時には別種のウイルス)に攻撃されている。私たちの身体はウイルスを撃退する方法を学ぶが、次にやってくる別の型のウイルスに対してはまだ感染しやすいままである。ヒトは平均して2年に1度は新しい風邪にかかる。そのためほとんどのヒトは、鼻や呼吸器に起こるライノウイルス感染の症状にはかなり馴染みがあるだろう。ピコルナウイルスは極めて単純なので、非常に安定でいられる。ライノウイルスは私たちの手の中で数日間居座って感染し続けることができる。そしてウイルスは、症状が続いている間およびその後の数日間を通じてずっと、感染者からまき散らされる。これによりヒトからヒトへと接触を通して効率的に広まる。
ワクチン
抗体(antibody)はこの小さくて効率的なウイルスに私たちが対抗するための主たる防衛手段である。ワクチン(vaccine)は抗体を持つ免疫機構を準備し、感染と戦う準備をさせる。ポリオウイルスの場合、2種類のワクチンがある。1つは殺したウイルスを使った不活化ワクチンである。これは、ホルムアルデヒド(formaldehyde)に数日間浸けてゆるやかに死滅させ、不活化してはいるが適切な形は保たれているウイルスである。もう1つは弱体化してはいるがまだ生きているウイルスを使った生ワクチンで、病気を引き起こすことなく免疫機構を刺激するよう人工的に培養されたものである。免疫機構はこの弱ったウイルスと戦って抗体を作ることによって効果を現し、本物のウイルスがやってきた時に戦う準備をして待機する。
ポリオワクチンは現代医学における大成功の一つだが、通常の風邪に対する治療法がないことは大失敗の一つだと多くの人は言うだろう。通常の風邪に対するワクチンを作るのが難しいのは、ライノウイルスが多様であることによる。百種類以上ものライノウイルスが世界中の人々を攻撃するとともに発見されてきたが、未だに新しいウイルス株は現れ続けている。ライノウイルスは単一のワクチンで戦うのは効率的ではない、動く標的なのである。ところが、抗ウイルス薬(antiviral drug)が解決となる可能性がある。
ピコルナウイルスの構造
ピコルナウイルスやバクテリオファージ φX174(bacteriophage phiX174)を含む多くのウイルスは二十面体の形をしている。これは60個の同じ形の要素で構成され、カプシド(capsid)と呼ばれる、ウイルスのゲノムを取り囲む完全に対称な殻をつくっている。ポリオウイルスやライノウイルスの場合、殻は4種類のタンパク質がそれぞれ60個ずつ、合計240個のタンパク質鎖が集まって構成されている。右図はライノウイルス(PDBエントリー 4rhv)の例で、4種類の鎖はそれぞれ黄色、橙、赤、赤紫で示されている。そのうち赤紫で示した鎖はカプシドの内側表面だけにあることに注目して欲しい。このタンパク質は安定だが、安定すぎないよう注意深く設計されている。ウイルスが宿主から宿主へ不利な環境を乗り越えて移動できるよう、カプシドは相当丈夫でなければならない。ところが同時に、宿主細胞に入る時にはばらばらになって細胞内部へRNAを放出できなければならない。ウイルスが宿主細胞の表面にくっついて細胞内に引き込まれると、慎重に組織された一連の構造変化が起こって、ウイルスのRNAを感染に気づかない細胞の中に解放することができる。
結晶構造において、カプシドの内部に保護されたRNAはぼんやりともつれたように見えるだけである(右図では示されていない)。なぜなら殻を構成するたくさんのタンパク質のように完全な対称性は持っていないからである。ライノウイルスのゲノム配列を解析すると、たった11種のタンパク質構築を指示する情報しか含まれていない。これにはカプシドを構成する4種類のタンパク質、RNAを複製する4種類のタンパク質、このRNA複製タンパク質を適切な形に切断する2種類のタンパク質、そして機能がまだよく分かっていないタンパク質が1種類含まれる。
抗体による保護
抗体(antibody)は、ピコルナウイルスの表面に結合し、ウイルスが細胞を攻撃するのを阻止する。上図左は、ポリオウイルスが細胞表面にある受容体タンパク質(青)に結合している様子を示したもの(PDBエントリー 1dgi)である。受容体タンパク質が5回対称配置となっているタンパク質(黄)に取り囲まれた溝(ピコルナウイルスに関する文献では峡谷(canyon)と呼ばれている)の中に捕らえられていることに注目して欲しい。抗体は、ライノウイルスやポリオウイルスの表面に受容体タンパク質が結合するのと同じ場所で結合し、ウイルスが細胞表面にくっつくのを妨げる。上図右は、抗体断片(淡い青)がライノウイルスに結合した構造(PDBエントリー 1rvf)である。不活性型の抗体は、ここに示した短い断片よりも長い。そのためウイルス1個当たり7個から10個の抗体があれば十分、各ウイルスが細胞へ付加および感染するのを阻害するかさばった障壁を作ることができる。
構造をみる
PDBには抗ウイルス薬を伴ったライノウイルスの構造が多数登録されている。その中には、現在臨床試験が行われているプレコナリル(pleconaril)という薬を伴ったエントリー(PDBエントリー 1c8m)も含まれている。上図では、薬分子は球で、カプシドタンパク質は4つの鎖だけを表示している。ウイルスの内側は図の下方向に、細胞受容体や抗体が結合する深い溝は図の上部(矢印で示した部分)にある。ほとんどの薬はタンパク質結合部位を塞いだり、重要な相互作用を不安定化させたりする。ところがこの薬はそれとは違った作用をする。むしろウイルスの構造を安定化させ、容器の中のRNAを解放できないようにしてしまうのである。この薬は、細胞受容体をとらえる深い溝の下にある小さな窪みに結合する。本来なら、ウイルスが受容体に結合するとウイルスの構造が変化し、最終的にウイルスはRNAを解放することができる。ところがこの薬はウイルスを閉じたままにする。
"ピコルナウイルス" のキーワードでPDBエントリーを検索した結果はこちらで参照できます。
ポリオウイルスとライノウイルスについてさらに知りたい方へ
以下の参考文献もご参照ください。
- 2001 The treatment of rhinovirus infections: progress and potential. Antiviral Research 49 pp.1-14
- 1999 Picornaviruses: epitopes, canyons, and pockets. Advances in Virus Research 52 pp.1-23