282: 嗅覚受容体(Odorant Receptors)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

嗅覚受容体(赤紫色)とGタンパク質(青色と緑色)。匂い物質の一種であるプロピオン酸(propionate)は図中上の方に示す。
嗅覚受容体(赤紫色)とGタンパク質(青色と緑色)。匂い物質の一種であるプロピオン酸(propionate)は図中上の方に示す。 高解像度TIFF画像はこちら

少し呼吸をして、匂うものすべて感じてみて欲しい。今、私のオフィスでは、たくさんの匂いが漂っている。酵母のような匂いからは、廊下の先にある研究室で細菌培地をオートクレーブ滅菌していることがわかる。古い本から来る独特の匂いは、私がまだ完全にデジタルメディアに移行していないことを示しているが、ほのかなほこりの匂いを嗅ぐと、私がそれらを読んでからどれくらい時間が経ったかがわかる。私の机の上にあるマグカップからは一日中心地よい香りが漂っているが、日によっては強いコーヒーの香りに取って代わられる。嗅覚は私たちの周囲に関する情報を継続的に提供し、近くや遠くで何が起こっているかについての手がかりを与えてくれる。これらの多くの香りは、私たちが呼吸する空気を監視し、興味深い分子が近くにあることを私たちに知らせる一連の嗅覚受容体(olfactory odorant receptor)によって認識される。

匂い物質と受容体

匂い物質(odorant)は通常、空気中を漂って鼻に到達する小さな分子で、粘膜(mucous membrane)に入り嗅覚受容体まで到達できる化学的特性を持っている。考えられる匂い物質の数を特定するのは困難で、10,000種類から400億種類もの分子があると推定されている。私たちのゲノムを調べると、私たちの鼻には約400種類の嗅覚受容体があることがわかる。これらの受容体は、鼻にある特殊な神経細胞によって監視されており、通常、個々の神経細胞に含まれる嗅覚受容体は1種類だけである。しかし、これらを組み合わせることにより私たちの嗅覚の豊かさは実現されている。それぞれの嗅覚受容体は通常、いくつかの類似したタイプの匂い物質分子に結合し、各種の匂い物質は複数種の嗅覚受容体に結合する。 その後、脳はすべての組み合わせを分類して特定の香りを識別する。

臭いものがいつもダメとは限らない

ここに描かれている嗅覚受容体 (PDBエントリー8f76) は匂い分子のプロピオン酸(propionate)を認識する。純粋なプロピオン酸には刺激的で不快な臭いがある。しかし、スイスチーズの製造者はプロピオン酸を生成する特別な細菌を慎重に培養し、これを使って少量のプロピオン酸を入れることでチーズに魅力的な風味を加える。この受容体は、プロピオン酸よりわずかに小さい分子で、酢に鋭い匂いを与える酢酸(acetate)も認識する。これは、光を感知するロドプシン(rhodopsin)、あるいはアドレナリン受容体(adrenergic receptor)やセロトニン受容体(serotonin receptor)などの神経伝達物質受容体に似た、Gタンパク質共役受容体(G protein-coupled receptor、GPCR)である。他の GPCR と同様に、匂い分子は受容体が持つ特定の細胞外部位に結合し、受容体の形状変化を引き起こす。これが細胞内のGタンパク質(G protein)によって感知され、最終的に神経細胞を刺激する。

匂い物質を届ける

ブタと蚊から得られた匂い物質結合タンパク質(OBP)。匂い物質結合部位に結合した分子は黄色とオレンジ色で、蚊よけ剤のDEETは緑色で示す。
ブタと蚊から得られた匂い物質結合タンパク質(OBP)。匂い物質結合部位に結合した分子は黄色とオレンジ色で、蚊よけ剤のDEETは緑色で示す。 高解像度TIFF画像はこちら

多くの動物は、匂い分子を捉えて嗅覚受容体に届ける小さなタンパク質もつくる。ここに示すのは、PDBエントリー1e00の構造で、ブタから得られたものである。一方、昆虫の場合、アンテナやその他の感覚器官で匂い物質を捉えるのに役立つさまざまな種類の匂い物質結合タンパク質(odorant-binding protein、OBP)をつくる。PDBアーカイブを見ると、蛾がつがいとなる相手を見つけたり、蚊が刺すヒトを見つけたりするのに使う匂い物質結合タンパク質の構造が多数見つかる。ここに示すのはその一つで、PDBエントリー3n7hの構造である。ここには蚊よけ剤のDEETが結合しており、通常は匂い物質が入ってくるトンネルを遮断している。哺乳類のタンパクと昆虫のタンパク質はまったく異なる様式で折りたたまれていることに注目して欲しい。これは、それらが同じような機能を実行するために別々に進化したという証拠を示している。

構造をみる

嗅覚受容体

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PDBエントリー8f76で見られるように、この嗅覚受容体が持つ結合部位はプロピオン酸を取り囲み、特定のアミノ酸を使ってプロピオン酸およびこれに似た酸性低分子を認識する。プロピオン酸の一端には負に帯電した酸性基があるため、受容体は正に帯電したアルギニン(arginine)を使ってこれを捉え、グルタミン(glutamine)とセリン(serine)を使ってプロピオン酸と安定化させる水素結合をつくる。プロピオン酸のもう一端には、受容体の中にある疎水性アミノ酸の小さなポケットによって囲まれた2つの疎水性炭素原子が含まれる。炭素原子が1つ少ない酢酸もこのポケットにうまく収まるが、プロピオン酸より大きな酸はここに収まらない。画像の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、この構造をさらに詳しく見てみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. 哺乳類は匂い物質を感知するためにGPCRを使うのに対し、昆虫は匂い物質依存性イオンチャネル(odorant-gated ion channel)を使います。PDBエントリー7lidを見て、実際の動きを確認してみてください。
  2. 哺乳類が持つ匂い物質結合タンパク質のほとんどは単量体で機能しますが、ウシの匂い物質結合タンパク質はドメインが入れ替わった二量体をつくります。PDBエントリー1pboでそれを見ることができます。

参考文献

  1. 8f76 Billesbolle, C.B., de March, C.A., van der Velden, W.J.C., Ma, N., Tewari, J., Del Torrent, C.L., Li, L., Faust, B., Vaidehi, N., Matsunami, H., Manglik, A. 2023 Structural basis of odorant recognition by a human odorant receptor. Nature 615 742-749
  2. Mayhew, E.J., Arayata, C.J., Gerkin, R.C., Lee, B.K., Magill, J.M., Snyder, L.L., Little, K.A., Yu, C.W., Mainland, J.D. 2022 Transport features predict if a molecule is odorous. Proc Natl Acad Sci USA 119 e2116576119
  3. Pelosi, P., Knoll, W. 2022 Odorant-binding proteins of mammals. Biol Rev 97 20-44
  4. 3n7h Tsitsanou, K.E., Thireou, T., Drakou, C.E., Koussis, K., Keramioti, M.V., Leonidas, D.D., Eliopoulos, E., Iatrou, K., Zographos, S.E. 2012 Anopheles gambiae odorant binding protein crystal complex with the synthetic repellent DEET: implications for structure-based design of novel mosquito repellents. Cell Mol Life Sci 69 283-297
  5. 1e00 Vincent, F., Spinelli, S., Ramoni, R., Grolli, S., Pelosi, P., Cambillau, C., Tegoni, M. 2000 Complexes of porcine odorant binding protein with odorant molecules belonging to different chemical classes. J Mol Biol 300 127-139

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2023年6月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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