297: 炭素回収のしくみ(Carbon Capture Mechanisms)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

重炭酸輸送体BicA。膜のおおよその位置を灰色で示す。
重炭酸輸送体BicA。膜のおおよその位置を灰色で示す。 高解像度TIFF画像はこちら

現代の農業では、食料として、またバイオ燃料の原料として、作物の収穫量を増やすためにさまざまな方法を採られている。具体的な農業の改善策として、良質な栄養の投与、害虫や病気と闘う手法の適用、十分な水の確保などが挙げられる。しかし、増え続ける世界人口を支え、気候変動の原因となる二酸化炭素の蓄積を抑制するには、農業生産性を向上させる新たな方法が必要である。科学者たちは、光合成の基本的なしくみに注目し、改善の余地がないかどうかを探っている。光合成を促進する方法のひとつは、二酸化炭素を豊富に確保することである。

炭素のエキスパート

シアノバクテリア(cyanobacteria)は、光合成で用いる二酸化炭素を捕えるエキスパートである。この単純な光合成細菌は、生命の進化におけるごく初期に誕生し、長年にわたって地球環境が変化する過程で絶えず減少する二酸化炭素源に直面しなければならなかった。今日、シアノバクテリアをはじめとする植物プランクトンは、地球上の二酸化炭素のおよそ半分を固定しており、驚くべき効率でそれを行っている。その方法のひとつは、相補的な分子的しくみをいくつか使い、二酸化炭素をルビスコ(Rubisco、二酸化炭素を固定する酵素)へと選択的に運ぶことである。これらのしくみにより、ルビスコの活性部位周辺の二酸化炭素濃度を1000倍に高めることができる。研究者たちは現在、これと同じしくみを作物植物に付け加え、生産性を向上させることに取り組んでいる。

重炭酸の輸送

シアノバクテリアが使う、最初に炭素を捕えるしくみは単純で、重炭酸を細胞内に直接輸送するというものである。湖や海では、二酸化炭素の多くが水分子と反応し可溶性の重炭酸イオン(bicarbonate ion)をつくる。重炭酸輸送体(bicarbonate transporter)はこの重炭酸イオンを細胞質に運んで、その後に二酸化炭素へと戻す。シアノバクテリアは数種類の重炭酸輸送体を利用している。ここに示すBicA(PDB ID 6ki16ki2)も、後述する対話的操作が可能な画像で示すSbtAも共にナトリウムイオンを使って輸送を行う。

炭素を含む

(左)カルボキシソームの電子断層像。(右)シアノバクテリア由来カルボキシソームのルビスコと炭酸脱水酵素の原子構造。
(左)カルボキシソームの電子断層像。(右)シアノバクテリア由来カルボキシソームのルビスコと炭酸脱水酵素の原子構造。 高解像度TIFF画像はこちら

シアノバクテリアはカルボキシソーム(carboxysome)を使って、二酸化炭素を利用する酵素の近くに二酸化炭素を集中させる。カルボキシソームは、ウイルスカプシドに似た大きなタンパク質の殻で、その様子はEMD-14337の電子断層写真で見ることができる。この中には、ルビスコ(PDB ID 7yyo)、炭酸脱水酵素(carbonic anhydrase、PDB ID 8thm)、そしてその他すべての機能を維持するために必要ないくつかの酵素が詰まっている。重炭酸がカルボキシソームに入ると、炭酸脱水酵素によって速やかに二酸化炭素へと変換される。ルビスコはその近くに配置され、二酸化炭素が拡散する前に固定できるよう準備をしている。

炭素回収

NDH-1MS。赤紫色で示す二酸化炭素濃縮モジュールを伴っている。膜のおおよその位置を灰色で示す。
NDH-1MS。赤紫色で示す二酸化炭素濃縮モジュールを伴っている。膜のおおよその位置を灰色で示す。 高解像度TIFF画像はこちら

またシアノバクテリアは、改良型NDH-1呼吸複合体(NDH-1 respiratory complex)も使って、炭素を細胞内に閉じ込める。NDH-1MS(PDB ID 6tjv)の中には、二酸化炭素を重炭酸に変換する炭酸脱水酵素として働く二酸化炭素濃縮モジュール(CO2-concentrating module)がある。二酸化炭素は細胞膜を自由に通過するが、重炭酸はうまく通過できない。そこでNDH-1MSは、二酸化炭素を重炭酸に変換して細胞内に閉じ込める。重炭酸はその後カルボキシソームへと拡散して、光合成に使われる二酸化炭素へと戻される。

構造をみる

重炭酸輸送体

表示方式: 静止画像

対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

重炭酸輸送体は、光合成装置に適切な量の炭素を供給するよう制御されている。シアノバクテリアの輸送体SbtAは、関連タンパク質SbtBによって制御されている。図の上部に示したPDB ID 7eglの構造で見られるように、重炭酸が必要なとき、SbtB中のループ部分は決まった構造をとらなくなり、SbtAの輸送チャネルは開いた状態となって通過できる。しかし、AMPがSbtBに結合すると(図下、PDB ID 7cyfまたは7egk)、このT-ループはSbtAに結合し、チャネルの働きを妨げる。図の下にあるボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、これら2つの構造をより詳しく調べてみてほしい。

理解を深めるためのトピックス

  1. カルボキシソームの完全な原子構造はまだ解明されていませんが、PDB ID 8wxbでは頂点1つだけの構造を、PDB ID 8b12ではミニカルボキシソームの構造を見ることができます。
  2. 高等植物はこのような炭素捕獲機構を持っていませんが、緑藻類は持っています。例えば、PDB ID 6bhpの構造を見ると、二酸化炭素を輸送すると考えられている藻類のチャネルを見ることができます。

参考文献

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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2024年9月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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