11: ルビスコ(Rubisco)
炭素の固定
炭素は生命には欠かせない。全ての分子機構は有機炭素による骨格を中心にして構築されている。ただ残念ながら土中や大気中にある炭素は、炭酸塩鉱物や二酸化炭素ガスのように極めて酸化された状態になって存在している。これを役立つようにするには、この酸化された炭素を、炭素間結合を豊富に含み、水素原子で修飾された有機的な形に「固定」しなければならない。植物は日光のエネルギーを使って、炭素固定の中心的な仕事を行っている。
植物細胞内で、リブロース2リン酸カルボキシル基転移酵素/酸素添加酵素(ribulose bisphosphate carboxylase/oxygenase、ルビスコ rubisco)は生命と無生命との橋渡しをしている酵素で、無機炭素である空気中の二酸化炭素から有機炭素を作り出す。ルビスコは二酸化炭素を取り込んで、5つの炭素原子を含む短い糖鎖の一種「リブロース2リン酸」に付加する。次にこの糖鎖はルビスコによって切断され、2つのホスホグリセリン酸(phosphoglycerate、3つの炭素原子を含む分子)となる。ホスホグリセリン酸は細胞内でよく見られる分子で、これを利用するための経路は多数存在する。ルビスコによって作られたホスホグリセリン酸のほとんどは、炭素固定サイクルに供給する必要のあるリブロース2リン酸を更に作り出すため再利用される。しかし6分の1のホスホグリセリン酸分子はかすめ取られて、蔗糖(sucrose、砂糖)を作るのに使われる。これは植物の残りの部分に供給されるか、または澱粉(starch)の形にして後で使えるよう蓄えられる。
ゆっくり、着実に
ルビスコは炭素固定において中心的な役割を果たしているにも関わらず、著しく非効率である。酵素が働き出しても、その動作はひどく遅い。通常の酵素は毎秒1000個の分子を処理できるが、ルビスコは毎秒たった約3分子の二酸化炭素しか固定できない。植物細胞はこの処理速度の遅さを、大量の酵素を作ることによって補っている。葉緑体(chloroplast)はルビスコで満たされており、その量は葉緑体に含まれるタンパク質の半分を占めている。これにより、ルビスコは単一の酵素としては地球上で最も豊富に存在する酵素となっている。
またルビスコは特異性がないという厄介な性質も持つ。生憎、酸素分子と二酸化炭素分子は形状と化学的性質が似ている。一般に、酸素が結合するミオグロビンなどのタンパク質では、二酸化炭素はわずかに大きいため簡単に排除されてしまう。ところがルビスコの場合、酸素分子は二酸化炭素が結合するよう設計された部位へ簡単に結合することができる。そうなるとルビスコは酸素を糖鎖に付加し、欠陥のある酸化産物を作ってしまう。このため植物細胞は、誤りを修正するために手間暇のかかる一連の救済反応を実行しなければならない。
16の鎖を一つに
植物および藻類は大きくて複雑な型のルビスコ(上図左)を作る。これは大きなタンパク質鎖8つ(橙と黄色の部分)と小さなタンパク質鎖8つ(青と紫の部分)で構成されている。ここに示すタンパク質はホウレンソウの葉から得られたものである(PDBエントリー 1rcx、タバコのものは 1rlcでみることができる)。多くの酵素が似た対称性のある複合体を作る。そして、アロステリック効果(allostery、allosteric regulation)として知られる過程で、異なる鎖間の相互作用が酵素の活性制御によく用いられている。一方、ルビスコは岩のように堅く、それぞれの活性部位は互いに独立して働いているようにみえる。実際、光合成細菌(photosynthetic bacteria)は植物などが持つものよりも小さなルビスコ(上図右、PDBエントリー 9rub)を作っており、たった2本の鎖で構成されてはいるが、植物などと同様の触媒作用を行っている。では、どうして植物はこのように大きな複合体を作っているのだろうか? 答えはルビスコが仕事を行うぎっしり詰まった状況の中にあるかもしれない。多くの鎖を詰まった複合体の中へ押し込むことにより、タンパク質は周囲の水と接触しなければならない表面を狭くしている。これにより、より多くの鎖、より多くの活性部位を同じ場所に詰め込むことができる。
構造をみる
ルビスコの活性部位はマグネシウムイオンの周りに配置されている。右図はPDBエントリー 8ruc の座標を用いて描いたもので、マグネシウムイオンを中央に緑色で示している。イオンの上にはルビスコの反応産物に似た小さな糖分子を、下にはルビスコを構成するタンパク質鎖の短い一部分を示している。実際には、ルビスコのタンパク質鎖が完全にこれら分子を取り囲んでいるのだが、ここでは見やすいようにとりのぞいている。
マグネシウムイオンは3つのアミノ酸によってしっかりつかまれていて、その3つのうちの一つは意外な修飾が加えられたリジン(lysine)となっている(イオンとタンパク質の間の結合は下に向かう3つの黄色い線で示されている)。追加の二酸化炭素分子(マグネシウムイオンの右下にある、周囲より大きな球で示した部分)が曲がりくねったリジンの側鎖の末端にしっかりと付加されている。植物細胞において、この「活性剤」となる二酸化炭素は、反応中に固定される二酸化炭素とは別の分子であり、日中にルビスコへ付加されると酵素は活性状態となり、夜になって取り除かれると酵素は不活性状態となる。そしてマグネシウムイオンでルビスコの外側に面した部分は、2つの酸素原子(小さな赤い球で示した部分)を持つリブロース2リン酸と、これから糖へ付加しようとしている二酸化炭素の両方へ自由に結合する。なおこの図では、マグネシウムイオンの上に大きな球で示す二酸化炭素は既に糖へと付加された状態になっている。
この構造をみるとルビスコ全体の半分しか含まれていないことが分かるだろう。もし分子全体を見るのに興味があるのであれば、16鎖全てを含むPDBエントリー 1rcx の構造をみて欲しい。