273: 呼吸超複合体(Respiratory Supercomplex)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

複合体I(赤)、複合体III(青)、複合体IV(黄)で構成されるレスピラソームと、小さな運搬分子のユビキノン(PDB ID PDB:7v2c)、シトクロムc(PDB ID PDB:3zcf)。これら3つの複合体のうち、ミトコンドリアにコードされているタンパク質サブユニットは濃い色で示した。
複合体I(赤)、複合体III(青)、複合体IV(黄)で構成されるレスピラソームと、小さな運搬分子のユビキノン(PDB ID 7v2c)、シトクロムc(PDB ID 3zcf)。これら3つの複合体のうち、ミトコンドリアにコードされているタンパク質サブユニットは濃い色で示した。 高解像度TIFF画像はこちら

細胞内ではタンパク質が組み合わさり大きな機能複合体が形成されているのかどうかについて、研究者たちは何十年も前から考え続けている。そのうちのいくつか、例えば解糖系酵素(glycolytic enzyme)がすべて集まった仮想の集合体グリコソーム(glycosome)のようなものは、いまだに発見されていない。一方、8つのアミノアシル転移RNA合成酵素(aminoacyl-tRNA synthetase)を含んだマルチ合成複合体(multisynthetase complex)や、光合成反応中心とアンテナタンパク質(photosynthetic reaction centers and antenna protein)が集まった巨大超複合体など、多くの複合体が確認されている。そして最近、呼吸超複合体(respiratory supercomplex)がこのグループに加えられた。「レスピラソーム」(respirasome、PDBエントリー5xth)は、3種の膜結合型電子伝達系複合体(複合体I complex I、二量体複合体III complex III、複合体IV complex IV)で構成されている。ミトコンドリア内においてクエン酸回路(citric acid cycle)の過程で生成され運搬分子NADHにより運ばれる電子を受け取り、それを使ってATP合成酵素(ATP synthase)を動かすための電気化学的勾配を作り出している。以下に述べるように、別の呼吸器系超複合体もこれに関連した仕事をこなしている。

なぜ構成メンバーが集まるのか?

これらの分子機械がなぜ超複合体に集まるのかについてはまだ分からない部分がある。最もわかりやすい利点は、3つを近づけておくと、3つの間で電子を運ぶ小さな分子、ユビキノン(ubiquinone)とシトクロムc(cytochrome c)が遠くへ行く必要がなくなることである。しかし、このような基質の移動経路は、これまで実験ではなかなか観察できなかった。酸素を電子の最終貯蔵場所として利用するとき、危険な副産物として反応性酸素ができてしまうが、興味深いことに、この超複合体はその反応性酸素の産生を抑えることがわかった。

ミトコンドリアの進化

レスピラソームの中にある3つの複合体をより詳しく見ていけば、真核細胞の初期進化をとらえることができる。これらの複合体は数十のサブユニットで構成されており、その一部はミトコンドリア内にある小さなDNAゲノムにコードされている。ミトコンドリアゲノムは、真核細胞の形成初期、共生細胞が別の細胞の中に住み着いたときにまでさかのぼると考えられているので、レスピラソームを調べれば複合体の最も初期の形態がどのようなものだったかがわかるかもしれない。この考えは、ミトコンドリア由来の複合体を細菌が持つ類似タンパク質と比較しても裏付けられる。どちらのタンパク質も、「中心部分」のタンパク質サブユニット(コアサブユニット)はすべて共通しており、そこに「追加の」サブユニットによる装飾が加わることで、それぞれの細胞タイプに合わせた機能のカスタマイズが行われている。ご想像の通り、ミトコンドリアにコードされたサブユニットはすべてコアサブユニットにもなっている。

複合体の複雑さ

SCAF1(緑)、複合体II(赤紫)と共に集まっている複合体IIIと複合体IV。
SCAF1(緑)、複合体II(赤紫)と共に集まっている複合体IIIと複合体IV。 高解像度TIFF画像はこちら

ミトコンドリアの中において、呼吸複合体はさまざまな状態で存在しており、それぞれの複合体がばらばらで存在することもあれば、いくつかの複合体が集まった超複合体として存在することもある。ここに示す超複合体は、複合体IIIと複合体IVのみで構成されており、小さなタンパク質SCAF1(PDB ID 7o37)によって接着されている。超複合体が発見されてから、この超複合体は、複合体IIIがユビキノンをより利用しやすくなるようにしている、という仮説を立ててられている。なおこのユビキノンは、呼吸複合体II(ここに示すのはPDBエントリー1zoy)によって生成されるものである。複合体II(コハク酸脱水素酵素、succinate dehydrogenase)はクエン酸回路の一部として働くが、電子輸送系に電子を渡すという働きも持っている。

構造をみる

4つの視点で見たレスピラソームの構造

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クライオ電子顕微鏡の解像度が革命的に向上したことにより、このように巨大な超複合体を詳細に見ることができるようになった。ここでは、4つの異なる着色法を用いて、レスピラソームのさまざまな機能的特徴を明らかにしている。最初の図は、複合体を疎水度で色分けしたもので、炭素の多いアミノ酸の帯(黄色)があることがわかる。この部分によって、複合体はミトコンドリア膜に局在している。もうひとつの図は、多くの補因子を示している。この補因子が複合体を通じて電子を運搬し、最終的には酸素分子まで運んでいく。下の2つは、ミトコンドリアにコードされたサブユニットと、各複合体の中心構造をつくっているコアサブユニットを示している。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、この構造をより詳しく見てみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. さらに大きな呼吸超複合体も観察されています。例えば、PDBエントリー5xtiの「メガ複合体」を見てみてください。
  2. 電子顕微鏡データバンクでは、これら超複合体の低温電子顕微鏡マップを見ることができます。例えば、レスピラソームのマップを見てみてください。

参考文献

  1. Vercellino, I., Sazanov, L.A. 2022 The assembly, regulation and function of the mitochondrial respiratory chain. Nat Rev Mol Cell Biol 23 141-161 DOI:10.1038/s41580-021-00415-0
  2. 7o37 Vercellino, I., Sazanov, L.A. 2021 Structure and assembly of the mammalian mitochondrial supercomplex CIII2CIV. Nature 598 364-367 DOI:10.1038/s41586-021-03927-z
  3. 5xth Guo, R., Zong, S., Wu, M., Gu, J., Yang, M. 2017 Architecture of Human Mitochondrial Respiratory Megacomplex I2III2IV2. Cell 170 1247-1257.e12 DOI:10.1016/j.cell.2017.07.050
  4. 1zoy Sun, F., Huo, X., Zhai, Y., Wang, A., Xu, J., Su, D., Bartlam, M., Rao, Z. 2005 Crystal Structure of Mitochondrial Respiratory Membrane Protein Complex II. Cell 121 1043-1057 DOI:10.1016/j.cell.2005.05.025

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2022年9月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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