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今月の分子


この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2012年10月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧下さい。

154: クエン酸回路(Citric Acid Cycle)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
クエン酸回路を構成する酵素たち

クエン酸回路(citric acid cycle)はクレブス回路(Krebs cycle)、トリカルボン酸回路(TriCarboxylic Acid cycle、TCAサイクル)とも呼ばれている反応経路群で、細胞代謝の中心的存在であり、エネルギー産生と生合成の両過程において主たる役割を果たしている。この回路で解糖系酵素(glycolytic enzyme)から始まった糖分解作業は終わり、この過程からATPをつくる燃料が供給される。また生合成反応においても中心的な存在となっており、アミノ酸などの分子を作るのに使われる中間体を供給している。クエン酸回路を司る酵素は、酸素を使う全ての細胞だけでなく、酸素を使わない細胞の一部でもみられる。ここには何種類かの生物から得られた事例を示す。

8つの反応

クエン酸回路を構成する8つの反応では小さな分子「オキサロ酢酸」(oxaloacetate)が触媒として用いられる。回路は、このオキサロ酢酸にアセチル基(acetyl group)が付加されて始まる。次に8段階かけてアセチル基が完全に分解されてオキサロ酢酸が再び得られる。この分子が次のサイクルに使われる分子になる。だが、生物学の話題展開としてよくあるように、実際はこんなに単純なものではない。ご想像の通り、酵素はオキサロ酢酸を便利な輸送体として利用し、アセチル基が持つ2つの炭素原子を取り出すことができるだけである。しかしこれら分子中の特定炭素原子を念入りに標識することにより、炭素原子はサイクルの度に入れ替わっていることが分かった。実は、各サイクルで二酸化炭素(carbon dioxide)として放出される2つの炭素原子は、アセチル基由来のものではなく、元々オキサロ酢酸の一部であったものだったのだ。そして、回路の最後では、元々アセチル基の炭素であったものが混ぜ込まれてオキサロ酢酸が再生成されるのだ。

エネルギー生産工場

クエン酸回路は、私たちにとって主たるATP・エネルギー源となっている「酸化的リン酸化」(oxidative phosphorylation)過程に燃料となる電子を供給する。アセチル基が分解されると、電子は輸送体であるNADHに蓄えられ、複合体I(complex i)へと運ばれる。そしてこの電子は、2つのプロトンポンプ、シトクロムbc1(cytochrome bc1)とシトクロムc酸化酵素(cytochrome c oxidase)が水素イオンの濃度勾配をつくり出すためのエネルギー源となる。そしてこの水素イオン濃度勾配がATP合成酵素(ATP synthase)を回転させる動力を供給し、ATPがつくり出される。これら活動は全て私たちのミトコンドリア(mitochondria)の中で行われている。クエン酸回路の酵素はミトコンドリア内部に、プロトンポンプはミトコンドリアの内膜上に存在している。

クエン酸合成酵素

クエン酸合成酵素(PDB:1cts)

回路はクエン酸合成酵素(citrate synthase)から始まる(ここに示すのはPDBエントリー 1ctsの構造)。ピルビン酸脱水素酵素複合体(pyruvate dehydrogenase complex)はあらかじめアセチル基を輸送分子の補酵素A(coenzyme A)につないでおき、活性状態に保つ。クエン酸合成酵素はアセチル基を取り出し、オキサロ酢酸(oxaloacetate)に付加してクエン酸(citric acid)を作り出す。酵素は反応の前後で開いたり閉じたりする。構造を詳しくみるには、今月の分子93番クエン酸合成酵素を参照のこと。

アコニターゼ

アコニターゼ(PDB:7acn)

最初の段階で作られるクエン酸はやや安定すぎるため、この次の段階では酸素原子を移動しより反応性の高いイソクエン酸(isocitrate)が作られる。アコニターゼ(ここに示すのはPDBエントリー 7acnの構造)は鉄硫黄クラスターの助けを借りてこの異性化反応を行う。この反応をより詳しくみるには、今月の分子89番アコニターゼと鉄調節タンパク質1を参照のこと。

イソクエン酸脱水素酵素

イソクエン酸脱水素酵素(PDB:3blw)

回路における実際の仕事は第3段階から始まる。イソクエン酸脱水素酵素(isocitrate dehydrogenase、ここに示すのはPDBエントリー 3blwの構造)は、イソクエン酸に含まれる炭素原子の1つを取り出して二酸化炭素を作り、電子をNADHに転移する。この反応をより詳しくみるには、今月の分子129番イソクエン酸脱水素酵素を参照のこと。

2-オキソグルタル酸脱水素酵素複合体(α-ケトグルタル酸脱水素酵素複合体)

2-オキソグルタル酸脱水素酵素複合体(PDB:1e2o、1bbl、1pmr、2eq7、2jgd)

次の段階は、ピルビン酸脱水素酵素複合体と似た巨大な多酵素複合体によって実行される。この複合体では多くのことが起こる。別の炭素原子が二酸化炭素として放出され、電子はNADHに転移される。そして分子の残った部分は補酵素A(coenzyme A)につなげられる。複合体は3つの別々の酵素で構成されており、それぞれが柔軟な綱でつながれている。右図にはつながった分子は数個しか示されていないが、実際の複合体では中央の核となる部分を24個の酵素が取り囲んでいる。なおこの図はPDBエントリー 1e2o1bbl1pmr2eq72jgdの構造を用いて作成したものである。

サクシニル補酵素A合成酵素(サクシニルCoA合成酵素)

サクシニル補酵素A合成酵素(上:ミトコンドリアに存在しGTPを作る PDB:2fp4、下:細胞質に存在しATPを使ってサクシニルCoAを作る PDB:1cqi)

第5段階はクエン酸回路の中で唯一ATPを直接作り出す段階となる。コハク酸(succinate)と補酵素Aとをつなぐ結合は特に不安定で、これがATP分子を作り出すのに必要なエネルギーを供給する。ミトコンドリアでこの反応を担う酵素(右図上、ここに示すのはPDBエントリー 2fp4の構造)は実際の反応ではGTPを生成するが、その後すぐにヌクレオシド2リン酸リン酸化酵素(nucleoside diphosphate kinase)によってATPに変換される。似た型のサクシニル補酵素A合成酵素が細胞質でも見られる。これはATPを使って逆の反応を行い、生合成の仕事で用いるサクシニル補酵素Aを作る過程に主として関わっていると考えられている。右図下に示す分子は細菌由来のATP依存性酵素(PDBエントリー 1cqi)である。

コハク酸脱水素酵素

コハク酸脱水素酵素(PDB:1nek)

第6段階はミトコンドリアの膜に結合したタンパク質複合体によって実行される。この反応はクエン酸回路での仕事を直接電子伝達系につなぐものである。まず水素原子をコハク酸から取り出して、輸送分子のFADに転移する。続いていくつかの鉄硫黄クラスターやヘム(heme)の助けを借りて、動きやすい輸送分子「ユビキノン」(ubiquinone)へと転移し、シトクロムbc1(cytochrome bc1)へと輸送する。ここに示した複合体は細菌由来する、PDBエントリー 1nekの構造である。

フマラーゼ

フマラーゼ(PDB:1fuo)

第7段階は「フマラーゼ」(fumarase)によって行われる。この段階では基質分子(フマル酸 fumarate)に水が付加され最終段階への準備が整えられる。ここに示すのはPDBエントリー 1fuoの細菌型フマラーゼである。私たちの細胞ではミトコンドリア内でも細胞質でも見られる酵素で、ミトコンドリアにあるものはクエン酸回路における役割を果たしている。一方、細胞質にあるものは生合成においてある役割を果たしているが、それは驚くべきことにDNA損傷に対する応答に関わるものである。私たちの細胞はこの酵素に対応する遺伝子を1つしか持っていないが、タンパク質を折りたたむタイミングに基づく複雑な過程を用いて、ある酵素はミトコンドリアの酵素に、残りは細胞質の酵素となるようにしている。

リンゴ酸脱水素酵素

リンゴ酸脱水素酵素(上:ミトコンドリア型 PDB:1mld、下:細胞質型 PDB:5mdh)

クエン酸回路の最終段階ではオキサロ酢酸を再生成し、電子をNADHへ転移する。リンゴ酸脱水素酵素(Malate dehydrogenase)はミトコンドリアでも細胞質でも見られる。右図上にミトコンドリア型(PDBエントリー 1mld)、下に細胞質型(PDBエントリー 5mdh)の構造を示す。両方の型が助け合って、エネルギーを作る上でのある重要な問題を解決している。その問題とは「NADHの一部は解糖系でつくられるが、直接ミトコンドリアの中に取り込んでエネルギーを作るのに使うことができない」という問題である。NADHの代わりに、この2種類のリンゴ酸脱水素酵素を作って輸送の一端を担わせ対処している。細胞質ではNADHを使い切ってオキサロ酢酸をリンゴ酸に変換する。このリンゴ酸をミトコンドリアに輸送し、オキサロ酢酸に戻すことでNADHが再生成されている。

理解を深めるためのトピックス

多くの場合、クエン酸回路の酵素は異なる生物由来のものを比較しても非常に似ています。PDBjのGASHRASH、RCSBのCompare Structuresなどの構造比較ツールを使って、PDBに登録されている構造のどこが似ていてどこが違っているのかをみることができます。

参考文献

代表的な構造

1cts: クエン酸合成酵素
クエン酸合成酵素はクエン酸回路において最初の段階を実行する。アセチル基をオキサロ酢酸に付加してクエン酸を作り出す。
7acn: アコニターゼ
アコニターゼはクエン酸回路の第2段階を実行する。この段階で行われるのはクエン酸とイソクエン酸との間の異性化反応である。
3blw: イソクエン酸脱水素酵素
イソクエン酸脱水素酵素はクエン酸回路の第3段階を実行する酵素で、二酸化炭素を放出し、電子をNADHへ転移する。
1e2o: 2-オキソグルタル酸脱水素酵素複合体
2-オキソグルタル酸脱水素酵素複合体はクエン酸回路の第4段階を実行する多酵素複合体である。このPDBエントリーには触媒機能を担う多酵素複合体の核となる部分が含まれる。
2fp4: サクシニル補酵素A合成酵素
サクシニル補酵素A合成酵素はクエン酸回路の第5段階を実行する酵素で、この過程でGTP分子が作り出される。
1nek: コハク酸脱水素酵素
コハク酸脱水素酵素クエン酸回路の第6段階を実行する酵素で、コハク酸から水素原子を取り除いてユビキノンへと転送する。これは電子伝達系で用いられる。
1fuo: フマラーゼ
フマラーゼはクエン酸回路の第7段階を実行する酵素で、水分子を付加する反応を担う。
1mld: リンゴ酸脱水素酵素
リンゴ酸脱水素酵素はクエン酸回路の最終段階を実行する酵素で、次のサイクルで用いるオキサロ酢酸を再生成する。この時、電子をNADHに転移する。