272: 分泌型抗体(Secretory Antibodies)

著者: Lauryn Brooks, Carolina Colón-Colón, Aayushi Patel, Asya Polat, David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)


この記事は、定量生物医学ラトガース研究所(Rutgers Institute for Quantitative Biomedicine)の主催で開催された1週間の大学生・大学院生向け集中合宿の一環として、ローレン・ブルックス(Lauryn Brooks)、キャロリナ・コロンコロン(Carolina Colón-Colón)、アユシ・プテル(Aayushi Patel)、アーシャ・ポラット(Asya Polat)により執筆され、描かれたものです。

生物たちの守護者

ここに示すのは分泌型IgAで、抗原結合ドメイン(Fab)を赤色、定常ドメイン(Fc)をオレンジと黄色、J鎖を赤紫色、分泌成分を紫色で表している。図には、中心部分の原子構造(PDB:6ue7)とFabドメインの低分解能構造(PDB:3chn)の2つの構造が含まれている。
ここに示すのは分泌型IgAで、抗原結合ドメイン(Fab)を赤色、定常ドメイン(Fc)をオレンジと黄色、J鎖を赤紫色、分泌成分を紫色で表している。図には、中心部分の原子構造(6ue7)とFabドメインの低分解能構造(3chn)の2つの構造が含まれている。 高解像度TIFF画像はこちら

すべての抗体(antibody)があらゆるの種類の感染症と戦えるわけではない。私たちの免疫系について考えるとき、すべての戦いが血液中で行われていると思うかもしれないが、実のところ私たちが作り出す抗体のほとんどが守ってるのは体の他の部分である。これらの抗体は分泌型抗体(secretory antibody)と呼ばれており、粘膜病原体(mucosal pathogen)に対する私たちの最初の防御線となる。分泌型免疫グロブリンA(secretory immunoglobulins A、sIgA)と分泌型免疫グロブリンMsIgM)の2種類が、全身の粘膜保護において大きな役割を果たしている。驚くことに、粘膜面の表面積が広いため、私たちはこれらの抗体を毎日約2~3g、腸内で作り出している。これらの抗体は、SARSコロナウイルス2型(SARS-CoV-2)などの粘膜病原体や腸内細菌に対して私たちが免疫応答を行うのに不可欠である。また、腸内常在菌と有益な相互作用をする役割も担っている。最近発表された研究では、これらの友好的な細菌が、コロニーを形成する場所を病原性細菌と競合し、抑制分子を産生し、我々の免疫防御を準備することによって、感染に対する抵抗力を促進することが示されている。

しっかりつかむ

分泌型抗体は、独特な働きをするため、肺、胃、小腸、大腸、胆道、泌尿生殖器などの過酷な環境に耐えられる特殊な構造を持っている。分泌型抗体は、抗体の典型的なY字型構造を元に、その機能を補助するいくつかの珍しい修飾が加えられている。病原体の認識を助けるために、分泌型抗体は多くのアームを持つことが多い。sIgA(ここに示すのはPDBエントリー3chn6ue7の構造)は2つ(またはそれ以上)のY字型サブユニットで構成されており、sIgMは5つのY字型サブユニットを持っている。このように多くの腕を持っていることにより、病原体上にあるたくさんの部位へ同時に結合し、相互作用を強化することができる。また、特殊なJ鎖がそれらをつなぎとめ、鎖の末端にある短い延長部が集まってアミロイド繊維のようなβシート配列となり、集合体全体をさらに安定化させている。

外への排出

分泌型抗体は、特殊なタンパク質の働きにより、適切な場所へと送り出される。小胞体やゴルジ体の中で、高分子の免疫グロブリン受容体(immunoglobulin receptor)が抗体と結合し、細胞外への排出を助ける。細胞外に出ると、受容体タンパク質は切断され、抗体が放出される。「分泌成分」(secretory component)と呼ばれる受容体の抗体結合部分は、ここに示す構造で見られるのように、抗体と結合したまま残っている。

守護者に対抗する策略

細菌のプロテアーゼ(sIgA1P、各ドメインは濃さの違う青色で色分け)と分泌型IgAの一部との複合体。抗体のFab領域とFc領域の間にあるリンカーが伸びていて、切断できる状態になっていることに注目して欲しい。
細菌のプロテアーゼ(sIgA1P、各ドメインは濃さの違う青色で色分け)と分泌型IgAの一部との複合体。抗体のFab領域とFc領域の間にあるリンカーが伸びていて、切断できる状態になっていることに注目して欲しい。 高解像度TIFF画像はこちら

細菌は、この分泌された抗体に対して反撃に出る。例えば、肺炎(pneumonia)や髄膜炎(meningitis)を引き起こす肺炎球菌(Streptococcus pneumonia)は、抗体を分解して不活性化するプロテアーゼ(IgA1P)を分泌する。PDBエントリー6xjaで見られるように、抗体の抗原結合部分Fab領域)に結合するドメイン、抗体の定常部分Fc領域)に結合するドメイン、その間にあってタンパク質を切断する活性部位の3つの部分から構成されている。興味深いことに、これらの細菌はFab断片を保護膜として使い、宿主の免疫システムから身を隠しているのである。

構造をみる

分泌性IgMの中心部分

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分泌型IgM抗体は、典型的なY字型の抗体を5つ持っていて、病原体表面にある多くの隣接部位に結合することができる。sIgAと同じく、この複合体もJ鎖(赤紫色)と抗体鎖の尾部(明るい黄色)のβシートで支えられている。また、ここには紫色で示す分泌成分も含まれている。ここに示すPDBエントリー6kxsでは、分子の中心部分を含むが、Fabドメインは欠落している。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、この構造をより詳しく調べてみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. RCSB PDBの一般向け教育サイトPDB-101にあるペーパーモデルをつくるを使って、抗体の構造と機能について学んでみてください。
  2. 分泌性IgAは、さらに2つのY型抗体を伴ったより大きな複合体もつくります。それらを見るには、PDBjメインサイトで分泌性IgA(secretory IgA)を検索してみてください。

参考文献

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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2022年8月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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