269: ニコチン、がん、嗜癖(Nicotine, Cancer, and Addiction)

著者: Kanza Choudhry, Danielle Muse, Diego Prado De Maio, Angeliz A. Soto Acevedo, David S. Goodsell, Shuchismita Dutta 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)


この記事は、定量生物医学ラトガース研究所(Rutgers Institute for Quantitative Biomedicine)の主催で開催された1週間の大学生・大学院生向け集中合宿の一環として、カンザ・チョードリー(Kanza Choudhry)、ダニエル・ミューズ(Danielle Muse)、ディエゴ・プラド・デ・マイオ(Diego Prado De Maio)、アンジェリーズ・A.・ソト・アセベド(Angeliz A. Soto Acevedo)により執筆され、描かれたもので、2022-2023年 PDB-101の健康フォーカス「がん生物学と治療法」(Cancer Biology and Therapeutics)の一部としても掲載されています。

ニコチンと嗜癖

3つのαサブユニット(濃い青色)と2つのβサブユニット(水色)を示している、ニコチン性アセチルコリン受容体の上面図と側面図。この構造では、αサブユニットとβサブユニットの間にある部位にはニコチン(赤色)が結合し、中央のチャネル(赤紫色)の中にはナトリウムイオンがある。細胞膜は灰色で模式的に示している。
3つのαアルファサブユニット(濃い青色)と2つのβベータサブユニット(水色)を示している、ニコチン性アセチルコリン受容体の上面図と側面図。この構造では、αサブユニットとβサブユニットの間にある部位にはニコチン(赤色)が結合し、中央のチャネル(赤紫色)の中にはナトリウムイオンがある。細胞膜は灰色で模式的に示している。 高解像度TIFF画像はこちら

タバコや電子タバコは、特に10代や若年成人の健康に深刻な危険をもたらす。これらの製品を継続的に使用すると、有害な化学物質へ慢性的にさらされることへとつながり、毎年世界中で数百万人の死者が出ている。タバコや電子タバコに含まれるニコチン(nicotine)が、これらの製品を習慣的に使用させる原動力となっている。ニコチンは元々人体には存在しないが、脳内のアセチルコリン受容体(acetylcholine receptor)に結合し、私たちの中枢神経系にある報酬系を活性化させる。この現象によってニコチン摂取を継続するよう誘導され、それが嗜癖しへき(addiction、依存症)へとつながる。

合鍵

ニコチン性アセチルコリン受容体は、中央部にイオンチャネル(ion channel)を持った漏斗状の分子である(ここに示すのはPDBエントリー6pv7の構造)。アセチルコリン(acetylcholine)と呼ばれる特定の神経伝達物質分子が、このイオンチャネルを開く鍵として機能する。このイオンチャネルが開くと、ナトリウム(sodium)、カルシウム(calcium)、カリウム(potassium)などのイオンが通過できるようになり、細胞膜を通過する化学信号を電気信号に変換することができる。タバコや電子タバコに含まれるニコチンは、これらのチャネルを開く合鍵として働く。そのことが、ニコチン性アセチルコリン受容体という名前に反映されている。

受容体をつくる

ヒトの細胞の場合、ニコチン性アセチルコリン受容体は5つのサブユニットで構成される5量体になっている。受容体サブユニットには16種類あって、無数の組み合わせで5量体の受容体が構成されている。ニコチン分子は2つの異なるサブユニット間の境界面に結合する。受容体を構成するサブユニットの組み合わせによって、薬物に対する結合親和性や反応に違いがある。ヒトの遺伝学的研究やニコチンにさらしたマウスのモデルから、これらのサブユニットの組み合わせによっては、ニコチン中毒や重度の禁断症状を引き起こしやすくなることが分かっている。様々な種類のニコチン性アセチルコリン受容体の構造は、サブユニットの組み合わせが異なるとアセチルコリン分子やニコチン分子との相互作用がどのように変わるのかを理解するのに役立つ。

解毒とがん

赤色で示すヘムと緑色で示すNNKを伴ったシトクロムp450(黄色)。
赤色で示すヘムと緑色で示すNNKを伴ったシトクロムp450(黄色)。 高解像度TIFF画像はこちら

多くの薬物と同様に、ニコチンも専用の酵素によって分解されて排出されるので、その作用は失われていく。ニコチンの代謝と解毒において、シトクロムp450(cytochrome p450)という酵素が大きな役割を担っている。この酵素は、ニコチンに酸素を付加し排出しやすくする。しかし、シトクロムp450には、危険な作用もある。タバコや電子タバコに含まれ、ニコチンに由来するニトロソアミン(nitrosamine)という分子を活性化することがあるのだ。最も一般的なニトロソアミンの一つであるNNKは、シトクロムp450(ここに示すのはPDBエントリー4ejh)によって活性化される発がん物質前駆体で、活性化分子を放出し、それがDNAと相互作用してがん関連遺伝子に突然変異を引き起こすことがある。このように、電子タバコなどニコチンを含む製品を持続的に使うと、時間をかけて腫瘍の形成を促す危険な発がん物質に継続的にさらされることになる。

構造をみる

アセチルコリン受容体に結合したニコチンとNKK

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対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

シトクロムp450 2A6がニコチンの解毒を開始し、毒性の低い物質コチニン(cotinine)に変換されて排出される。同様の反応により、複数のシトクロムp450酵素が、発がん性のあるNNKを活性化する。これら酵素の中にあるヘム基(heme group)は、どちらの反応でも中心的な役割を果たしている。そして、PDBエントリー4ejj4ejhで見られるように、ニコチンとNNKは同じような場所に結合している。画像の下にあるボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、これらの構造を詳しく見てみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. PDBjの化合物ページでニコチンNNKの化学的構造を見てみてください。
  2. 米国食品医薬品局(U.S. Food and Drug Administration)のウェブページ(英語)で、10代のタバコ使用に関する最新の事実を確認してみてください。

参考文献

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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2022年5月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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