309: アブシジン酸受容体(Abscisic Acid Receptor)

著者: Janet Iwasa 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

アブシジン酸受容体PYL1がアブシジン酸(ピンク色で示す部分)と結合している様子を示す(3JRS)。
アブシジン酸受容体PYL1がアブシジン酸(ピンク色で示す部分)と結合している様子を示す(3JRS)。 高解像度TIFF画像はこちら

動物とは異なり、植物は暑さ、寒さ、栄養不足などの悪条件に直面しても、場所を移動することができない。その結果、植物は環境を感知し、それに対応するための多種多様なしくみを進化させてきた。分子レベルでは、植物はセンサー分子を用いて一連の信号伝達経路をオンにし、転写および翻訳の変化を引き起こす。それが最終的には植物がストレスに応答し適応することにつながる。しかし、このような適応は、より理想的な条件下で生育する植物と比較すると、成長が遅くなる、あるいは成長が低下するといった代償を伴うことがよくある。作物が環境的な困難に直面すると、結果として収量が低下することが多い。植物がどのようにして困難な環境に対処しているかを理解することは、困難な条件下でも収量を維持できる、よりストレスに強い作物を生産するのに役立つかもしれない。

干ばつへの対応

異常な乾燥状態(干ばつ)に直面すると、植物は生き残るためにさまざまな行動をとる。その対策の一つとして、気孔を閉じるという方法がある。気孔は葉の表面にある小さな開口部で、効率的な光合成に重要だが、ここから水分を失う可能性もある。干ばつの間、植物は種子の成熟を促進し、発芽を遅らせる。ストレス抵抗性に関与するタンパク質の翻訳も開始され、さらなる保護のしくみが起動する。

これらのストレス応答の多くは、アブシジン酸(abscisic acid、ABA)によって活性化される信号伝達経路が介在して行われている。このアブシジン酸は、 乾燥条件下で植物組織が合成する低分子ホルモンで、PYR/PYL/RCARファミリーのアブシジン酸受容体(abscisic acid receptor)に結合する。右図は、シロイヌナズナ由来のアブシジン酸受容体PYL1とアブシジン酸が結合している様子を示している(PDB 3JRS)。アブシジン酸の結合部位は、保存されたポケットになっていて、ゲートとラッチとして知られる2つのループに挟まれている。アブシジン酸が結合すると、ゲートとラッチが「ロック」される。この結合のしくみについて、後の「構造を探る」の節で詳しく見ることができる。

分子模倣によるアブシジン酸経路の制御

PP2C(青色)は、アブシジン酸と結合したアブシジン酸受容体(上、緑色で示す部分、PDB 3KB3)やSnRK2(下、オレンジ色で示す部分、PDB 3UJG)に結合する。右の円は結合部位を拡大したもので、保存されたトリプトファン(PP2C HAB1ではW385)の役割を強調して示している。
PP2C(青色)は、アブシジン酸と結合したアブシジン酸受容体(上、緑色で示す部分、PDB 3KB3)やSnRK2(下、オレンジ色で示す部分、PDB 3UJG)に結合する。右の円は結合部位を拡大したもので、保存されたトリプトファン(PP2C HAB1ではW385)の役割を強調して示している。 高解像度TIFF画像はこちら

アブシジン酸がアブシジン酸受容体に結合すると、アブシジン酸-アブシジン酸受容体複合体は2C型ホスファターゼ(type 2C phosphatase、PP2C)に結合することができる。これによりPP2Cの活性部位が塞がれるので、PP2CはキナーゼのSnRK2(PDB 3JRQ, 3KB3)を認識できなくなり、結合することもできなくなってしまう。そして、SnRK2は自由に標的をリン酸化できるようになり、最終的には干ばつ耐性機構の活性化につながる。

興味深いことに、PP2CとSnRK2の相互作用は、PP2Cとアブシジン酸受容体の相互作用と非常によく似ていることがわかった。アブシジン酸が結合したアブシジン酸受容体と、SnRK2タンパク質の全体構造は大きく異なるが、PP2Cとの結合の仕方はよく一致しており、保存されたPP2C内のトリプトファンが結合するための結合ポケットをどちらのタンパク質も提供している。左の挿入図で示すように、このトリプトファンはアブシジン酸受容体複合体内に結合したアブシジン酸分子と接触しており、アブシジン酸センサーとして働いていると考えられている(PDB 3KB3)。同じトリプトファンはSnRK2の活性化ループ(オレンジ色で示す部分、PDB 3UJG)に接触し、基質タンパク質のリン酸化を防いでいる。

これは分子擬態(molecular mimicry)の一例で、SnRK2とアブシジン酸に結合したアブシジン酸受容体という2つの異なるタンパク質が、PP2Cにとってはほぼ同一に見えるため、PP2Cの結合相手はこの両者の間で容易に入れ替わることができる。植物ゲノムにはSnRK2やPP2Cの類似遺伝子が多数コードされていて、正しい結合相手だけが活性化されるようにするしくみが必要であるため、この擬態は重要だと考えられている。

構造をみる

改変したアブシジン酸作用薬

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アブシジン酸はは植物の乾燥抵抗性に強力な影響を与えるため、合成アブシジン酸を使って下流の経路をオンにすることに長らく関心が向けられてきた。しかし、アブシジン酸そのものは化学的に不安定で、自然界では急速に分解されるため、直接利用することは困難であった。ピラバクチン(pyrabactin、3NEF)やキナバクチン(quinabactin、4LG5)など、アブシジン酸受容体に結合して信号伝達を活性化することが示されているアブシジン酸模倣物質が開発されている。画像の下のボタンをクリックし対話的操作のできる画像に切り替えると、リガンドを伴っていないアブシジン酸受容体(3KAY)や、アブシジン酸受容体がアブシジン酸あるいは人工のアブシジン酸作用薬であるピラバクチンやキナバクチンとどのように結合するかを見ることができる。研究者たちは、干ばつ時に作物植物に散布することで、灌漑時に必要な水の量を減らすことができるアブシジン酸類似物質の開発を目指している。

理解を深めるためのトピックス

  1. イソプレンは樹木が生成する揮発性有機化合物で、干ばつによるストレスも軽減すると考えられている。詳しくはイソプレン合成酵素(isoprene synthase)を参照のこと。
  2. オーキシン(auxin)は植物の成長に関与する重要な植物ホルモンで、農業用に合成生産されている。

参考文献

  1. 3JRS Miyazono K, Miyakawa T, Sawano Y, Kubota K, Kang HJ, Asano A, Miyauchi Y, Takahashi M, Zhi Y, Fujita Y, Yoshida T, Kodaira KS, Yamaguchi-Shinozaki K, Tanokura M. 2009 Dec 3 Structural basis of abscisic acid signalling. Nature 462 7273 609-614 DOI:10.1038/nature08583
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  3. 3UJG Soon FF, Ng LM, Zhou XE, West GM, Kovach A, Tan MH, Suino-Powell KM, He Y, Xu Y, Chalmers MJ, Brunzelle JS, Zhang H, Yang H, Jiang H, Li J, Yong EL, Cutler S, Zhu JK, Griffin PR, Melcher K, Xu HE. 2012 Jan 6 Molecular mimicry regulates ABA signaling by SnRK2 kinases and PP2C phosphatases. Science 335 6064 85-88 DOI:10.1126/science.1215106
  4. 4LG5 Cao M, Liu X, Zhang Y, Xue X, Zhou XE, Melcher K, Gao P, Wang F, Zeng L, Zhao Y, Zhao Y, Deng P, Zhong D, Zhu JK, Xu HE, Xu Y. 2013 Aug An ABA-mimicking ligand that reduces water loss and promotes drought resistance in plants. Cell Res. 23 8 1043-1054 DOI:10.1038/cr.2013.95
  5. 3NEF Hao Q, Yin P, Yan C, Yuan X, Li W, Zhang Z, Liu L, Wang J, Yan N. 2010 Sep 10 Functional mechanism of the abscisic acid agonist pyrabactin. J Biol Chem. 285 37 28946-28952 DOI:10.1074/jbc.M110.149005

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2025年9月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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