310: インクレチン(Incretins)
身体は、血液中の糖分濃度を狭い範囲内に収まるよう注意深く維持しなければならない。糖分が多すぎると臓器にダメージを与え、少なすぎても意識障害や意識喪失を引き起こす可能性がある。食事をすると、炭水化物が糖に分解されて血液中に入り、血糖値が上昇する。しかし、食事を始めて数分もすると、腸の細胞も活動を開始し、グルコース依存性インスリン分泌刺激性ポリペプチド(glucose-dependent insulinotropic polypeptide、GIP)とグルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide-1、GLP-1)という2つのペプチドホルモンを分泌し始める。これらのホルモンは合わせてインクレチン(incretin)と呼ばれる。インクレチンは
さまざまな効果
GLP-1とGIP(右図)は、細胞膜上のGLP-1受容体とGIP受容体に結合することで細胞を活性化する。左はGLP-1受容体に結合するGLP-1(PDB 6B3J)、右はGIP受容体に結合するGIP(PDB 7RA3)で、どちらの受容体も、Gタンパク質共役型受容体(G protein-coupled receptor、GPCR)のファミリーに属するタンパク質である。このGPCRファミリーは様々な種類が属する大きなファミリーで、メンバーは、におい物質、神経伝達物質、ホルモン(アドレナリン受容体に結合するアドレナリンなど)などの多様な細胞外シグナルに応答する役割を担っている。
不活性状態にあるとき、GPCRはGタンパク質(G protein)と結合している。特定の標的リガンドと結合すると、GPCRは構造が変化し、GDPの放出とそれに続くGTPとの交換によってGタンパク質の動員と活性化を促進する。
多くの異なるタイプの細胞がGLP-1RとGIPRを発現し、Gタンパク質を利用して信号を中継しているが、インクレチンの結合による影響は組織によって大きく異なる結果をもたらす。膵臓細胞にGLP-1が結合するとインスリンが分泌されるが、脳ではGLP-1が視床下部の神経細胞を活性化し、満腹感をもたらす。胃や腸では、GLP-1結合が平滑筋と神経系に影響を与え、筋肉の収縮を抑えて食物が胃に長くとどまるように作用する。インクレチンは様々な臓器に広く大きな影響を与えるが、その作用は長くは続かない。GLP-1とGIPは不活性化されるまで数分間しか循環できない。インクレチンを分解するのはジペプチジルペプチダーゼ4(dipeptidyl peptidase 4、DPP4)という酵素である。
アメリカドクトカゲから学んだこと
アメリカドクトカゲ(Gila monster)は毒を持ち動きが鈍い爬虫類で、アメリカ南西部に生息している。そしてこのトカゲが年に数回しか大きな食事をとらないにもかかわらず、血糖値の維持に問題のないことが観察された。その後1990年代の研究で、アメリカドクトカゲの毒に含まれるペプチドを主とする成分が、インスリンの合成と膵臓からの分泌を誘発することが示された。この特有の化合物はエキセンディン-4(exendin-4)と名付けられた。
エキセンディン-4は毒液に発現するほか、アメリカドクトカゲの体内向けにも産生され、消化を遅らせ、長時間の絶食にもかかわらず血糖値を維持するのに役立っている。興味深いことに、エキセンディン-4はGLP-1と構造も機能も似ているが、DPP4による分解を受けにくいため、エキセンディン-4は数分どころか数時間も循環系にとどまることができる。エキセンディン-4は最終的にエキセナチド(exenatide)という糖尿病治療薬に発展し、医療用として承認された最初のGLP-1受容体作動薬となった。右図はGLP-1受容体に結合したエキセンディン-4(PDB 7LLL)の構造である。
構造をみる
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GLP-1(PDB 6B3J)、エキセンディン-4(PDB 7LLL)、GIP(PDB 7RA3)はいずれも同じように受容体へと結合し、ペプチドの一端は受容体の膜貫通ドメインのポケットの奥に、もう一端は細胞外ドメインに結合する。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、これらの構造をより詳しく調べてみて欲しい。
理解を深めるためのトピックス
参考文献
- 6B3J 2018 Mar 1 Phase-plate cryo-EM structure of a biased agonist-bound human GLP-1 receptor-Gs complex. Nature. 555 7694 121-125
- 7RA3 2022 Mar 29 Structural determinants of dual incretin receptor agonism by tirzepatide. Proc Natl Acad Sci U S A. 119 13 e2116506119
- 7LLL 2022 Jan 10 Dynamics of GLP-1R peptide agonist engagement are correlated with kinetics of G protein activation. Nat Commun. 13 1 92
- 2025 May Structural pharmacology and mechanisms of GLP-1R signaling. Trends Pharmacol Sci. 46 5 422-436
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