308: Arc
私たちの脳は何十億個もの神経細胞(neuron)で構成されており、その大部分はシナプス(synapse)と呼ばれる結合を通して互いに連絡を取り合っている。学習と記憶には、脳の活動に基づいてこれらの結合を動的に変化させることが必要であり、その結果、あるシナプスは強くなり、他のシナプスは弱くなる。この過程はシナプス可塑性(synaptic plasticity)と呼ばれている。神経細胞は刺激に対して非常に素早く反応することができ、「最初期遺伝子」(immediate early gene)と呼ばれる遺伝子の中には、信号を受け取ってから数分以内にオンになるものもある。
Arc(活性制御細胞骨格関連タンパク質、Activity-regulated cytoskeleton-associated protein)は、これらの最初期遺伝子の一つにコードされている。Arcが、哺乳類におけるシナプス可塑性と長期記憶の形成を制御する上で重要な役割を果たしていることは、数多くの研究によって証明されている。
Arcがウイルス様構造をつくる
面白いことに、Arcタンパク質は、レトロウイルス(retrovirus)が持ついくつかのタンパク質と興味深い類似性を持っていることが発見された。Arcのアミノ酸配列をよく見てみると、Arcは、Gagとして知られるHIVの主要構造タンパク質に似た配列を含むことがわかった。具体的には、ArcにCAドメインが含まれているが、HIVのGagではこのドメインがカプシドの殻を作る役割を担っている。細胞の研究によって、ArcがRNAを含むカプシドを形成し、そのカプシドが細胞外小胞に入って神経細胞から放出されることが示されている。これらのArcを含む細胞外小胞が近くにある細胞と融合し、神経細胞が互いに連絡を取り合いシナプス可塑性を制御するための手段として働いているのではないかと考えられている。
ショウジョウバエが持つArc類似タンパク質(dArc1とdArc2)に焦点を当てた最近の研究から、Arcがウイルス様カプシドを形成できることが示された。dArc1とdArc2は、30個の6量体と12個の5量体からなる小さな正20面体カプシドをつくる(右図はdArc1がつくるカプシド、PDB 6TAPを参照)。正電荷を持つdArc1のC末端は、この構造では見えていないが、カプシド内には存在し、カプシドに入れるRNAを捕えるのに役立っていると予想されている。
左のアニメーションでは、Arc mRNA(ピンクの光で表示)が神経細胞の樹状突起内を輸送され、最終的にはリボソームによってArcタンパク質に翻訳される。Arcは膜表面に集まり、正20面体型のカプシドをつくって、mRNAを捕える。Arcカプシドは細胞膜でできた被膜によって囲まれ、細胞外空間に放出される。あるいは、多胞体内で小胞が形成され、それが細胞膜と融合し、複数のArcを含む細胞外小胞が放出されることもある。このアニメーションは、アン・ホイ・リュー(Ann Hui Liu)がジェイソン・シェパード(Jason Shepherd、ユタ大学)と共同で作成したものである。
Arc、レトロウイルス、レトロトランスポゾンが共有する歴史
どうして脳の遺伝子がウイルスのように振る舞うようになったのだろうか? 研究により、Arc、レトロウイルス、そしてレトロトランスポゾン(retrotransposon)と呼ばれるウイルスのような遺伝要素には、進化的なつながりがあることが明らかになった。レトロトランスポゾンは自分自身の配列をゲノムの異なる部分にコピー&ペーストすることができるため、「ジャンピング遺伝子」(jumping gene)と呼ばれることもある。LTR(ロングターミナルリピート、long terminal repeat)レトロトランスポゾンと呼ばれるタイプは、HIVのようなレトロウイルスと共通する多くの特徴を持っている。例えば、LTRレトロトランスポゾンにはカプシド・タンパク質をコードするgag遺伝子が含まれていることが多い。最近の研究では、レトロトランスポゾンTy3のようなLTRトランスポゾンも、6量体や5量体からなる正20面体のカプシドをつくることが示されている(右の構造比較図を参照)。しかし、レトロウイルスやArcとは異なり、レトロトランスポゾンは宿主細胞から出て新しい細胞に移ることはできない。
哺乳類進化の歴史の初期段階において、ウイルスのようなレトロトランスポゾンが新たな目的(この場合は脳内の複雑な過程の制御)のために組み込まれた、あるいは飼いならされたと考えられている。飼いならされたレトロウイルスやレトロトランスポゾンが動物の発生において重要な役割を果たすことが見つかった事例は他にも数多くある。例えば、レトロウイルス由来の遺伝子で胎盤の正常な発生に必要なシンシチン(syncytin)や、ショウジョウバエの染色体構造維持に必要なレトロトランスポゾンであるHeT-AやTARTなどが挙げられる。
構造をみる
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Arc、レトロウイルス、レトロトランスポゾンはすべてカプシドをつくることができる。カプシドは、5量体と6量体の配列をつくるCAタンパク質で構成されている。画面の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画面に切り替え、dArc1(オレンジ色、6TAR)、レトロウイルスHIV(赤色、7URN)、レトロトランスポゾンTy3(黄色、6R24)の5量体を詳しく見てみて欲しい。
理解を深めるためのトピックス
- トランスポゾン(またはジャンピング遺伝子)は、トランスポザーゼ(transposase)として知られる酵素を利用してDNAの一部を切り取り、別の場所に移動させる。詳しくはトランスポザーゼを参照のこと。
- 詳しくは「レトロウイルスHIVとAIDS」や「HIVカプシド」を参照して欲しい。
参考文献
- 6TAP, 6TAR 2020 Feb Structures of virus-like capsids formed by the Drosophila neuronal Arc proteins. Nat Neurosci. 23 2 172-175 DOI:10.1038/s41593-019-0569-y
- 3J3Q 2013 May 30 Mature HIV-1 capsid structure by cryo-electron microscopy and all-atom molecular dynamics. Nature. 497 7451 643-646
- 7URN 2023 Mar A molecular switch modulates assembly and host factor binding of the HIV-1 capsid. Nat Struct Mol Biol. 30 3 383-390
- 6R24 2019 May 14 Structure of the Ty3/Gypsy retrotransposon capsid and the evolution of retroviruses. Proc Natl Acad Sci U S A. 116 20 10048-10057
- 2015 Apr 22 Structural basis of arc binding to synaptic proteins: implications for cognitive disease. Neuron 86 2 490-500
- 2018 Mar 22 The Neuronal Gene Arc Encodes a Repurposed Retrotransposon Gag Protein that Mediates Intercellular RNA Transfer. Cell 173 1 275
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