300: 鞭毛モーター(Flagellar Motor)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

サルモネラ菌の鞭毛モーター。2つの膜は灰色で、ペプチドグリカン層は緑色でおおよその位置を示す。
サルモネラ菌の鞭毛モーター。2つの膜は灰色で、ペプチドグリカン層は緑色でおおよその位置を示す。 高解像度TIFF画像はこちら

今月の分子300回目となる今回は、生体分子世界における驚くべきことのひとつについて、新たに明らかになった原子レベルの詳細を見ていくことにしよう。鞭毛モーター(flagellar motor)は何十年もの間、生物学者たちを魅了してきた。これは、約20種類のタンパク質で構成される巨大な分子集合体で、それらが集まり回転モーターをつくっている。このモーターは、細胞の長さの何倍もある長いコルク栓状の鞭毛を回転させるのに十分な強さを持っている。ここに示すのはサルモネラ菌(Salmonella)のモーターで、1分間に約18,000回転する。これよりさらに高速で回転するモーターを持つ細菌もいる。

進行方向を変える

驚くべきことに、細菌は鞭毛モーターを逆回転させることで泳ぐ方向を変えている。サルモネラ菌や大腸菌(Escherichia coli)の細胞表面には約10本の鞭毛が散らばって存在する。モーターが反時計回りに回転すると、すべての鞭毛が束になって細胞を一方向に前進させる。しかし、もし細胞が正しい方向に進んでいないと判断すると、モーターの回転方向を時計回りに切り替える。すると鞭毛はすべて分離し、細胞はその場でランダムにのたうち回る。その後、モーターを反時計回り方向に戻すと、鞭毛は再び束になり、細胞は新たなより良いであろう方向に向かって泳いでいく。

可動性の部品

鞭毛モーターには多くの可動部分があり、X線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡を使って個別に研究されてきた。この画像は、PDBに登録されているいくつかのエントリー(8ucs, 8upl, 7cgo, 2zvy, 1f4v)を組み合わせて、モーターの時計回り型の構造を示したものである。上部では、フックがモーターと長い鞭毛をつないでいる。LPリングは中心軸を取り囲み、外膜やペプチドグリカン層との摩擦を軽減する。動力は、固定子(stator)と呼ばれる約11個の回転モーターによって生み出される。これらのモーターはそれぞれ、内膜を横切る水素イオンの流れによって駆動される回転モーターである。これらの小さなモーターが一緒になって大きなCリングを回転させ、それが中心軸と鞭毛を回転させる。そしてCheYタンパク質が回転方向を決めている。

方向転換

回転方向は、Cリングを取り囲む固定子の位置によって決まる。
回転方向は、Cリングを取り囲む固定子の位置によって決まる。 高解像度TIFF画像はこちら

このモーターは、私たちの身の回りで目にするマクロスケールでの世界にある機械とよく似た直接的なやり方で回転方向を切り替える。Cリングは大きな歯車のように、固定子は小さな歯車のように機能する。図の上側に示すのは反時計回り状態の構造で、PDB ID 8uox8ucsより得られたものである。固定子はCリングの外側に位置し、歯車が噛み合うとCリングは固定子の回転とは逆方向に回る。CheYが結合すると、Cリングの形状がわずかに変化し、固定子の結合場所がリングの内側に変わる(PDB ID 8upl8ucs1f4v)。その配置にあるとき、Cリングは固定子と同じ方向に回転する。

構造をみる

固定子MotAB

表示方式: 静止画像

対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

固定子の原子構造から、これが小型の回転モーターではないかという仮説が正しいことが確認された。この固定子は、PDB ID 6ykmで見られるように、5つのMotAサブユニットが1対のMotBサブユニットの周りを回転するという構成になっている。MotB上にある重要なアミノ酸であるアスパラギン酸(この構造ではD22、大腸菌ではD32)が、回転の動力源となる水素イオンを管理していると考えられている。MotBにはこの構造に含まれていないドメインもあって、そのドメインは、細菌の細胞壁中にあるペプチドグリカン層にまで達して結合し、鞭毛モーター集合体全体の中で固定子を所定の位置に固定する。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、この構造をさらに詳しく調べてみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. 細胞全体という観点から鞭毛モーターを見るには、大腸菌細胞の一部を描いたイラストを参照して欲しい。
  2. 鞭毛モーターの中には、水素イオンではなくナトリウムイオンの流れによって駆動するものもある。このようなモーターの固定子を見るには、PDB ID 8brdを参照して欲しい。

参考文献

  1. 8ucs, 8uox, 8upl Johnson, S., Deme, J.C., Furlong, E.J., Caesar, J.J.E., Chevance, F.F.V., Hughes, K.T., Lea, S.M. 2024 Structural basis of directional switching by the bacterial flagellum. Nat Microbiol 9 1282-1292
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  3. 6ykm Santiveri, M., Roa-Eguiara, A., Kuhne, C., Wadhwa, N., Hu, H., Berg, H.C., Erhardt, M., Taylor, N.M.I. 2020 Structure and function of stator units of the bacterial flagellar motor. Cell 183 244-257.e16
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  5. Reid, S.W., Leake, M.C., Chandler, J.H., Lo, C.H., Armitage, J.P., Berry, R.M. 2006 The maximum number of torque-generating units in the flagellar motor of Escherichia coli is at least 11. Proc Natl Acad Sci USA 103 8066-8071
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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2024年12月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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