299: マラリア原虫PTEX(Malaria Parasite PTEX)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

PTEX中心複合体。寄生虫膜の位置は灰色で示す。この構造ではPTEX150の一部構造が解かれていないため、構造中にいくつかの切断された区間があることに注意。
PTEX中心複合体。寄生虫膜の位置は灰色で示す。この構造ではPTEX150の一部構造が解かれていないため、構造中にいくつかの切断された区間があることに注意。 高解像度TIFF画像はこちら

マラリア(malaria)を引き起こす寄生虫は、珍しい多段階のライフサイクルを持っている。寄生虫は感染した蚊によって運ばれ、蚊に刺されたときに血液中へと注入される。その後、寄生虫は肝細胞に感染して増殖する。最後に、寄生虫は血液中に逃げ込み、赤血球に侵入してその中で繁殖する。寄生虫が赤血球を破裂させ、さらに多くの細胞を攻撃するため、マラリアの症状のほとんどはこの最終段階で引き起こされる。

効果的なエフェクター

マラリア寄生虫が赤血球の中に入ると、細胞を改造する数百種類のタンパク質を分泌する。これらのエフェクタータンパク質は様々な働きをしていて、寄生虫が栄養を吸収し、老廃物を排出するのを助ける。また、免疫システムを回避したり、感染した赤血球を血管の壁に接着させたりするなど、寄生虫にとっては有益だが、感染者にとっては必ずしも有益ではない方法で細胞を機能させる。PTEX複合体Plasmodium Translocon of Exported Proteins)は、これらのエフェクタータンパク質を寄生虫から赤血球に送り出す。

寄生虫ポンプ

PTEXの中心部分は、PDB ID 6e10の構造で見られるように、3つの部分から構成されている。HSP101はAAA+モーターであり、ATPを使ってエフェクタータンパク質の折りたたみをほどき、PTEXの中心を通す。EXP2は寄生虫の膜を貫通する穴をつくり、折りたたまれていないタンパク質の通り道を提供する。PTEX150はモーターと穴をつなぎ合わせている。この構造には、HSP101内部にある輸送タンパク質の短い断片も含まれている。

べとついて厄介な細胞

VAR2CSA(赤色)とその標的分子コンドロイチン硫酸A(青色)の小片。VAR2CSAは膜貫通セグメントを介して赤血球表面に接着しているが、この構造には含まれていない。
VAR2CSA(赤色)とその標的分子コンドロイチン硫酸A(青色)の小片。VAR2CSAは膜貫通セグメントを介して赤血球表面に接着しているが、この構造には含まれていない。 高解像度TIFF画像はこちら

PTEXは赤血球膜タンパク質1(erythrocyte membrane protein 1)と呼ばれるタンパク質群を放出し、それが赤血球の表面に提示されて赤血球の性質を根本的に変えてしまう。通常、赤血球は血流中を循環しているが、これらのタンパク質は、感染した赤血球を循環器系の壁に付着させ一箇所に固定してしまう。これにより、感染細胞を見つけて除去する脾臓のしくみを回避することができるため、寄生虫にとって大きな利点となる。VAR2CSA(ここに示すのはPDB ID 7jgh7nnhの構造)はこの寄生虫タンパク質ファミリーの一つで、胎盤細胞上の分子と結合し、母体と成長中の胎児の双方に深刻な問題を引き起こす。現在、妊婦がマラリアと闘うためのワクチンの標的としてこのVAR2CSAの研究が進められている。

構造をみる

PTEXの構造変化

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PTEXは活動的なタンパク質で、膜を越えてエフェクタータンパク質送り込むときに形を変える。この過程の異なる状態を2つのPDB構造がとらえている。PDB ID 6e10の構造は、AAA+モーターが、活発に送り出す働きをしているモーターでよくみられる非対称な状態にあることをとらえている。この画像では、ATPを白色で示している。PDB ID 6e11の構造は、タンパク質の休止状態を表すと思われる、より対称的な状態をとらえている。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、これらの構造をより詳しく調べてみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. PTEX中心複合体は、いくつかのタンパク質による補助を受けている。例えば、チオレドキシン2(thioredoxin 2)は、システインアミノ酸を持つタンパク質の折りたたみをほどくのを助ける。これをPDB ID 3ul3で調べることができる。

参考文献

  1. 7jgh Ma, R., Lian, T., Huang, R., Renn, J.P., Petersen, J.D., Zimmerberg, J., Duffy, P.E., Tolia, N.H. 2021 Structural basis for placental malaria mediated by Plasmodium falciparum VAR2CSA. Nat Microbiol 6 380-391
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  3. 6e10, 6e11 Ho, C.M., Beck, J.R., Lai, M., Cui, Y., Goldberg, D.E., Egea, P.F., Zhou, Z.H. 2018 Malaria parasite translocon structure and mechanism of effector export. Nature 561 70-75
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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2024年11月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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