294: インジェクティソーム(Injectisome)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

サルモネラ菌インジェクティソームの針複合体。針の細い管の内側上部に赤色で示しているのが、エフェクタータンパク質SptPのごく一部である。
サルモネラ菌インジェクティソームの針複合体。針の細い管の内側上部に赤色で示しているのが、エフェクタータンパク質SptPのごく一部である。 高解像度TIFF画像はこちら

私たちはたくさんの細菌と共生しており、細菌との相互作用は多くの場合友好的である。環境中にいる細菌は、廃棄物や動植物の死骸を分解する。私たちの体内にいる細菌は、私たちが食べた食物を処理し、必要な栄養素を供給するのを助けてくれる。しかし、時にはあまり従順でない相互作用もある。例えば、サルモネラ菌(Salmonella bacteria)は私たちの細胞に侵入して内部で繁殖し、腸チフス(typhoid fever)のような生命を脅かす病気を引き起こす。この病原性を発揮する戦略の一環として、これらの細菌はインジェクティソーム(injectisome)と呼ばれる分子の針を使って数十種類のエフェクタータンパク質を注入する。注入されたこれらのタンパク質は細胞の防御機能を停止させ、細胞内の細菌の増殖を助けるように細胞の代謝を書き換えてしまう。

エフェクターの注入

PDBエントリー7ah9には、サルモネラ菌インジェクティソームの針中心部分が含まれ、この針の真ん中には、折りたたまれていないタンパク質鎖を送り込むのにちょうどいい大きさの穴が開いている。後述する対話的操作のできる画像で詳しく示している分子ゲートが、針を通るエフェクタータンパク質の通過を制御している。また、この構造には、細菌の細胞壁に針を固定する大きなリング状タンパク質もいくつか含まれており、細菌が感染しようとしている細胞に対して複数の針を配置できるようになっている。

この構造には含まれていないが、完全なインジェクティソームには、細菌内部に位置する大きな選別プラットフォームも含まれる。このプラットフォームは、適切なエフェクタータンパク質だけを選択し、それらを注入する順序を管理する。それらは3つの段階を経て分泌される。まず、インジェクティソーム自体の部品が分泌され、針などの構成要素が作られる。次に、感染細胞の膜を貫通するトランスロコン(translocon)を作るタンパク質群が分泌される。最後に、インジェクティソームはこのトランスロコンと結合し、残りのエフェクタータンパク質を感染細胞の細胞質に注入する。

活動の凍結

この構造は、クライオ電子顕微鏡によって決定されたもので、エフェクタータンパク質SptPを含んでいる。SptPは、細胞のタンパク質中にあるチロシンからリン酸を除去し、またGTPによって制御されるいくつかのタンパク質を不活性化する酵素である。タンパク質が輸送される途中の様子を観察するにあたり、いくつかの工夫が必要であった。なぜなら、エフェクタータンパク質は通常、針を通過するのに1秒もかからないからである。具体的には、SptPの末端に緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein、GFP)を付加する改変が行われた。インジェクティソームはGFPの折りたたみをほどくことができないので、針の穴を通れなくする留め金となり、複合体をとらえてゆっくり研究できるようになった。

効果的なエフェクター

(左)DNAに結合したp50とp65のNF-κB転写因子複合体。(右)p65を切断するサルモネラ菌エフェクタータンパク質GtgA。
(左)DNAに結合したp50とp65のNF-κB転写因子複合体。(右)p65を切断するサルモネラ菌エフェクタータンパク質GtgA。 高解像度TIFF画像はこちら

サルモネラ菌は数十種類のエフェクタータンパク質を注入する。その多くは、リン酸やリボシル基、その他の化学修飾を付加したり除去したりして、細胞タンパク質の働きを妨げる。また別のエフェクタータンパク質は、主要な細胞タンパク質をユビキチン化システム(ubiquitination system)に送り込んで廃棄させる。ここに示すエフェクタータンパク質GtgAは、特定の転写因子p65(PDBエントリー6ggr)を切断するプロテアーゼで、この転写因子は、炎症と免疫系に関連する多くの過程を制御するNF-κB信号伝達経路の一部である。ここに示したNF-κB複合体は、DNAに結合したp65p50(PDBエントリー 1le5)のヘテロ二量体になっている。

構造をみる

メチオニンゲート

表示方式: 静止画像

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分泌針への入り口はメチオニンゲート(methionine gate)によって守られている。PDB ID 6pepで見られるように、針を使っていないときには、メチオニンの集まり(黄色)が1つのフェニルアラニン(白色)から助けを受け、防水性の障壁をつくる。その後、細胞に注入するエフェクタータンパク質が決まると、PDB ID 7ah9で見られるように、メチオニンがスムーズに分かれて、細いタンパク質鎖(赤色)が通過できるようになる。画面の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、これら2つの構造をより詳しく調べてみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. サルモネラ エフェクター」(Salmonella effector)で検索すると、インジェクティソームによって輸送されるこの他のエフェクタータンパク質の構造を見ることができます。
  2. 針の複合体には、1種類のタンパク質のコピーがいくつか集まってできている対称的な環状構造がいくつか含まれています。

参考文献

  1. Pillay, T.D., Hettiarachchi, S.U., Gan, J., Diaz-Del-Olmo, I., Yu, X.J., Meunch, J.H., Thurston, T.L.M., Pearson, J.S. 2023 Speaking the host language: how Salmonella effector proteins manipulate the host. Microbiology 169 001342
  2. 7ah9 Miletic, S., Fahrenkamp, D., Goessweiner-Mohr, N., Wald, J., Pantel, M., Vesper, O., Kotov, V., Marlovits, T.C. 2021 Substrate-engaged type III secretion system structures reveal gating mechanism for unfolded protein translocation. Nat Commun 12 1546
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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2024年6月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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