290: ナノワイヤー(Nanowires)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

HDCR(水素依存性二酸化炭素還元酵素)の線維。HydA2(青)とFdhF(緑)という2種類の酵素サブユニットが、ナノワイヤーサブユニット(赤紫と青紫)でつながっている。右側の図には、タンパク質間で電子を運ぶ鉄-硫黄補因子を示しているが、線維の内側に連続したナノワイヤーが作られていることがわかる。
HDCR(水素依存性二酸化炭素還元酵素)の線維。HydA2(青)とFdhF(緑)という2種類の酵素サブユニットが、ナノワイヤーサブユニット(赤紫と青紫)でつながっている。右側の図には、タンパク質間で電子を運ぶ鉄-硫黄補因子を示しているが、線維の内側に連続したナノワイヤーが作られていることがわかる。 高解像度TIFF画像はこちら

細胞は、電子を一度にひとつずつ必要な場所に移動させるエキスパートである。このように精密な電子装置は、これに特化した電子伝達体を使うことで実現できている。この輸送体は、NADFADのように小さな分子であり、ある場所で電子を拾って別の場所へと運ぶ。シトクロムc(cytochrome c)やフェレドキシン(ferredoxin)のように小さなタンパク質も同様で、ヘム補因子(heme cofactor)や 鉄硫黄クラスター(iron-sulfur cluster)を使って電子を運ぶ。細胞はまた、複数の電子伝達体を一列に並べることで、より複雑な回路を構築する。これらの担い手には、ヘム補因子や鉄硫黄クラスターのように金属イオンを含んでいることが多い。これらはタンパク質の内部で一列に並べられ、電子は次から次へと受け渡されていく。例えば、呼吸電子伝達系(respiratory electron transport chain)を構成する3つの大きなタンパク質複合体には、このように小さな電線が存在している。

細菌の電子装置

一部の細菌は、HDCR(hydrogen-dependent carbon dioxide reductase、水素依存性二酸化炭素還元酵素、ここに示すのはPDBエントリー 7qv7 の構造)と呼ばれるタンパク質集合体を利用し、水素をエネルギー源として使っている。この集合体には4種類のサブユニットが含まれている。そのうちの一つ(HydA2)は、水素から電子を取り出すことに特化した酵素である。また別のサブユニット(FdhF)は、この電子を二酸化炭素に付加してギ酸(formic acid)を生成する酵素である。残りの2つのサブユニット(HycB3とHycB4)は、2つの酵素をつなぐナノワイヤーを形成し、2つの酵素間で電子を受け渡す。ナノワイヤーは鉄硫黄クラスターが並んだものでできている。

線維の形成

これらの細菌細胞内において、HDCRは長いらせん状の線維(フィラメント filament)をつくり、それがさらに集まって何千もの鉄硫黄クラスターを持つ大きな束やリングになることがある。これにはいくつかの利点があり、小さなナノワイヤーサブユニットの構造を、大きな安定した構造にして安定化させるのに役立つ。線維はまた、酵素のコピーがたくさん集まってできた大きな相互接続ネットワークを作るので、内部にある連続したナノワイヤーは、単に隣接するサブユニット間だけでなく、フィラメントのあらゆる部分に電子を送ることができ、さらには必要に応じて電子を保存することもできる。

ジオバクター菌のナノワイヤー

ジオバクター菌から得られた3つのシトクロムナノワイヤー。電子を運ぶヘムはピンク色で示す。
ジオバクター菌から得られた3つのシトクロムナノワイヤー。電子を運ぶヘムはピンク色で示す。 高解像度TIFF画像はこちら

驚くべきことに、ジオバクター菌(Geobacter)は、金属を含む鉱物をエネルギッシュな道具箱の一部として使うことができる。この細菌は長いナノワイヤーを作って、これらの鉱物に電子を伝える。ここに示した3つの構造(PDBエントリー 6nef7tfs8d9m)は、シトクロムタンパク質の長いひもで構成されており、それぞれが電子を運ぶヘム補因子の集合体を持っている。この細菌はまた、e-piliと呼ばれる表面から伸びる長い線毛を作っている。この線毛は電子伝達に関与している。その例をPDBエントリー6vk9の構造で見ることができる(ここには図示していない)。

構造をみる

人工的に設計した銀DNAナノワイヤー

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ナノテクノロジーの研究者たちは、生物学をヒントにして独自のナノワイヤーを設計している。そのひとつが、電子を運ぶ補因子を配置する足場としてDNAを使うというやり方である。ここに示した構造(PDBエントリー7xkm)は、二重らせんの中心に銀イオン(灰色の球)を捕えるように設計した塩基配列を持つDNAの短い断片である。目標は、このようなナノワイヤーをより大きなDNAナノ構造に埋め込むことができるようにすることである。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、この構造をより詳しく調べてみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. 電子はこのナノワイヤー中で補酵素から補酵素へと移動していきます。Mol*を使って、補酵素間の距離を測定することができます。
  2. 生物学的エネルギーと電子伝達については、RCSB PDBのPDB-101にある「Exploring the Structural Biology of Bioenergy」(英語、バイオエネルギーの構造生物学を探る)で詳しく説明されています。

参考文献

  1. 7xkm Atsugi, T., Ono, A., Tasaka, M., Eguchi, N., Fujiwara, S., Kondo, J. 2022 A novel Ag(I)-DNA rod comprising a one-dimensional array of 11 silver ions within a double helical structure. Angew Chem Int Ed Engl 61 e202204798-e202204798
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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2024年2月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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