252: C型肝炎ウイルス プロテアーゼ/ヘリカーゼ(Hepatitis C Virus Protease/Helicase)
知られている敵とは戦いやすい。1989年に発見されたC型肝炎ウイルス(hepatitis C virus、HCV)は、どのようにして科学的な発見が臨床での成功につながったかを示すぴったりの例と言えるだろう。発見前だと、輸血という行為には肝炎(hepatitis)を引き起こす重大なリスクがあった。肝炎とは、重度の肝障害やがんを引き起こす慢性疾患である。しかし、この病気の原因となる病原体が発見されたことにより、現在では血液からウイルスの有無が検査できるようになった。また、感染した患者がウイルスと戦うための新たな治療法が発見され、これにより初めて慢性感染症が薬で治るようになるかもしれない。治療の変革につながった研究によるこの目覚ましい成功は、2020年のノーベル生理学・医学賞で認められ、ハーベイ・オルター(H. J. Alter)、マイケル・ホートン(M. Houghton)、チャールズ・ライス(C. M. Rice)にこの賞は贈られた。
C型肝炎ウイルスをやっつける
多くのRNAウイルスと同じく、C型肝炎ウイルスも細胞内のリボソームを乗っ取り、ウイルスの長いポリプロテインをつくらせる。このポリプロテインは、ウイルスのプロテアーゼ(例:HIV-1タンパク質分解酵素、コロナウイルスプロテアーゼ)によって切断され、機能する断片へと切り離される必要がある。これらのプロテアーゼはウイルスのライフサイクルにおいて中心的な機能を果たしているので、抗ウイルス薬の効果的な標的となる。以下の対話的ビューで示すように、HCVプロテアーゼに対する阻害剤は徐々に改良されてきた。そして今日では、強力な直接作用型抗ウイルス薬(Direct-Acting Antiviral、DAA)がある。これはウイルスの増殖を抑え、感染者を治療してくれる。世界人口の3%がHCVに感染していると推定されており、米国ではHCVが肝移植の主な要因となっていることからも、この治療は世界の健康に大きな恩恵をもたらしたと言えるだろう。
ふたつでひとつ
HCVプロテアーゼはセリンプロテアーゼの一種で、キモトリプシン(chymotrypsin)に似ており、ウイルスのRNAゲノムを複製することに関係するヘリカーゼ酵素も含んだより長いタンパク質の一部としてつくられる。部品を組み合わせたこのタンパク質はまとめてNS3(non-structural protein 3、非構造タンパク質3)と呼ばれていて、ここにはPDBエントリー1cu1の構造を示している。プロテアーゼ/ヘリカーゼはまた、NS4Aと呼ばれる小さな別のウイルスタンパク質にも結合する。これはプロテアーゼの機能を最大化し、また複合体を細胞膜につなぎ止めるのにも必要である。
直接作用型抗ウイルス薬の作用対象
また直接作用型抗ウイルス薬を使い、別のHCVタンパク質を標的とする研究も行われている。HCVもSARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)と同じようにRNAのゲノムを持ち、RNA依存性RNAポリメラーゼ(RNA-dependent RNA polymerase)によって複製される。ここに示すのはその構造で、PDBエントリー4wtgのものである。この構造には、ポリメラーゼを標的とする抗ウイルス薬のソフォスブビル(sofosbuvir)が含まれている。ウイルスRNAの複製とウイルスの集合体構築を支援するという不可欠な役割を果たしている膜結合タンパク質NS5Aに対する効果的な抗ウイルス薬も開発されている(PDBエントリー1zh1、1r7g)。これらの治療薬はタンパク質が二量体を形成するのを妨げ、機能を阻害していると考えられている。
構造をみる
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HCVプロテアーゼの活性部位を標的とするには、巧妙な方法が必要である。なぜなら他の多くの酵素における活性部位のような深い窪みが見られないからである。この困難は2つの方法を使って克服された。初期の画期的な抗ウイルス薬のボセプレビル(boceprevir)とテラプレビル(telaprevir)(PDBエントリー2oc8、3sv6)は、活性部位にあるアミノ酸のセリンと可逆的な共有結合を形成する。これにより治療薬を酵素の表面にとどめることができる。ただ残念なことに、これにはうれしくない副作用がある。今では広く使われている、グラゾプレビル(grazoprevir)、グリカプレビル(glecaprevir)、ボキシラプレビル(voxilaprevir)など次世代の治療薬(PDBエントリー3sue、6p6l、6nzt)は、タンパク質の表面をつかむ大きな環状の構造を持っている。これらの構造をより詳しく見るため、図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えてみて欲しい。
理解を深めるためのトピックス
参考文献
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