209: 組織グルタミン転移酵素とセリアック病(Tissue Transglutaminase and Celiac Disease)

著者: Luigi Di Costanzo, David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

活性型(左)とGTPに結合した不活性型(右)の組織グルタミン転移酵素。グルテンに似せた阻害剤は黄色で、GTPは赤で示す。
活性型(左)とGTPに結合した不活性型(右)の組織グルタミン転移酵素。グルテンに似せた阻害剤は黄色で、GTPは赤で示す。

私たちの体にある肌、筋肉、髪などの組織はそれぞれの機能に合った特有の性質を持つ必要がある。伸縮性、強度、復元力などの性質は、架橋を行う特別なタンパク質によって調整されている。このタンパク質は、化学的な分解や機械的なストレスに耐えられるようにするための網状構造をつくる。細胞はグルタミン転移酵素を使い、タンパク質間にこの特有な架橋構造をつくる。例えば、ケラチノサイト グルタミン転移酵素(keratinocyte transglutaminase)はその他のグルタミン転移酵素と一緒に働き、しっかりと架橋された網状構造をつくる。これが肌、髪、爪などを強くしてくれる。組織グルタミン転移酵素(tissue transglutaminase)はより穏やかな方法で細胞骨格や細胞接着に関係するタンパク質の相互作用を強くする。

タンパク質のホッチキス

組織グルタミン転移酵素はグルタミン転移酵素2とも呼ばれているタンパク質で、2つのタンパク質をつなげるホッチキス(ステープラー)のような役割をする。活性型配置(ここに示すのはPDBエントリー2q3z)では、2つのタンパク質をつなげる十分な空間がある。酵素は次に、一方のタンパク質にあるグルタミンともう一方のタンパク質にあるリジンとを並べ、この2つの側鎖の先端を化学的に結合する。その結果できる共有結合は、タンパク質の主鎖に見られるペプチド結合と似ている。このつなぐ機能が必要とされない時、いくつかのアロステリックな仕組み(他の分子が結合して機能が調節される仕組み)によってグルタミン転移酵素は不活性化される。例えば、GTPが結合すると酵素の構造は小さく折りたたまれ不活性状態になる。ここに示すPDBエントリー3ly6はそのような構造の一つである。

食べ物の糊

グルタミン転移酵素は私たちが持つほとんどの細胞で不可欠な役割を果たしているが、バイオテクノロジーにおいても欠かせない道具となってきている。適用の範囲は化粧品から食品産業まで広がっている。例えば、細菌由来で小型なグルタミン転移酵素は人工カニ身、ホットドッグ、ソーセージなど多くの肉製品で食感をよくするのに使われている。グルタミン転移酵素の利用が広がることで料理人の想像力もかき立てられ、小エビからつくったパスタのように風変わりな食べ物もつくれるようになっている。粉末状のグルタミン転移酵素を肉の混合物にふりかけ、全体をラップでしっかりくるんで、希望の粘度になるまで放置して熟成させる。

セリアック病

脱アミノ化されたグルテンペプチド(黄色で示す部分、脱アミノ化グルタミンは緑)がHLA(ヒト白血球抗原、オレンジとピンクで示す部分)によって提示されたところ(左)とT細胞受容体(青)によって認識されたところ(右)。
脱アミノ化されたグルテンペプチド(黄色で示す部分、脱アミノ化グルタミンは緑)がHLA(ヒト白血球抗原、オレンジとピンクで示す部分)によって提示されたところ(左)とT細胞受容体(青)によって認識されたところ(右)。

組織グルタミン転移酵素は、グルタミンからアンモニア分子を取り除きグルタミン酸をつくるという少し違った別の反応も行う。この脱アミノ化反応(deamination reaction)はセリアック病(celiac disease)と関係している。この病気は、小腸を損傷し患者を弱らせるような各種症状を呈する一般的な炎症疾患の一つで、特に西洋の国々で流行している。西洋は、小麦粉や穀物に含まれるタンパク質の混合物であるグルテン(gluten)の主要消費地となっている。グルテンにはグルタミンが豊富に含まれており、消化器系において組織グルタミン転移酵素がグルタミンをグルタミン酸に変換する。セリアック病患者は小腸の粘膜に特有のMHCタンパク質(HLA-DQ2またはDQ8とも呼ばれる)を持っている。これが脱アミノ化されたグルテンを認識し、誤ってそれを危険なものとして扱う。それが不適切な免疫応答を引き起こしてしまう。PDBエントリー1s9vは脱アミノ化されたグルテンペプチドがHLA-DQ2によって提示されているところを、PDBエントリー5ks9はグルテンとHLA-DQ2の複合体がどのようにしてセリアック病患者から得られたT細胞受容体(T-cell receptor)に認識されるのかを示している。セリアック病については、グルタミン転移酵素の活性化する仕組みを含めまだ分かっていないことが多いが、グルタミン転移酵素とHLA/gluten/TCR複合体は、医療行為の対象となりうるものとして、構造の研究が行われている。

構造をみる

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第XIII因子(factor XIII)はグルタミン転移酵素の一つで、血栓においてフィブリン(fibrin)に架橋を行い、傷で血液が失われるのを阻止する不溶性の網状構造をつくる。PDBエントリー1n73にはヤツメウナギ由来のフィブリン2分子の末端部の構造が含まれる。フィブリン線維の中で分子の頭部同士を突き合わせ、リジンとグルタミンとの間に2つの架橋を行うことによりその結合をより強固なものにする。この網状構造は非常に強いので、傷を治すときフィブリンを切断するにはもう一つの酵素プラスミン(plasmin)が必要になる。図の下のボタンをクリックすると、この架橋構造をより詳しくみることができる。

理解を深めるためのトピックス

  1. 第XIII因子を含むその他のグルタミン転移酵素の構造をPDBでみることができます。グルタミン転移酵素でPDBエントリーを検索してみてください。
  2. 多くのグルタミン転移酵素はカルシウムイオンを必要としますが、カルシウムイオンの役割はまだよく分かっていません。グルタミン転移酵素3の構造を検索して、このことに関して現在行われている研究について見てみてください。
  3. 細胞はタンパク質複合体を強くするため、この他にもさまざまな種類の架橋を使います。例えば、抗体はアミノ酸のシステイン相互間で架橋することにより強くなり、ペニシリンは細菌を守るペプチドの網状構造を構築する架橋酵素を対象とします。

参考文献

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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2017年5月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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