75: 組織因子(Tissue Factor)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
組織因子の細胞外部分(PDB:2hft)

血液は体内で欠かすことのできない様々な仕事をしている。酸素や栄養分を輸送し、感染から細胞を守り、身体のあちこちにホルモンなどの伝言を運んでいる。ところが血液は圧力をかけて押し出されている液体なので、漏れ出さないよう保護しなくてはいけない。幸いにして、血液循環機構が壊れるとすぐに止める修復機構が血液に組み込まれている。この修復は手を切った時にいつも目にしているものである。血液が密集してドロドロした凝血塊(血の塊)ができ、それがやがて乾いてかさぶたとなる。これが切った部分が治るまで覆って守ってくれる。

固まる? 固まらない?

血液凝固は用心が必要な仕事である。凝血塊の構成要素は全ていつでも用意できていて、損傷が起きたらすぐにかけつけられるようになっていなければならない。ところがこの仕事は注意深く、正確に必要な時に限って行われなければならない。もし凝血塊が間違った場所にできると、正常な血流を邪魔してしまい、心臓発作や脳卒中を引き起こすかもしれない。組織因子(tissue factor)は正しいタイミングで凝血塊の形成を誘発する分子の一つである。

内側のものが外側のものと出会う

身体は損傷の発生を検知するのに極めて単純な方法を使っている。血管の周りにある細胞は表面に組織因子を持っているが、血管の内側を覆っている細胞は組織因子を持っていない。ほとんどの場合血液は血管を通って滑らかに流れ、組織因子と出会うことはない。ところが、切り傷を作ると血液が血管の外へ流れ出して来るべきではないところにやってくる。そこで血液は組織因子と出会い、出て行こうとする血液を凝固させる一連の過程を開始する。

組織因子を見る

組織因子はソーセージのような形をしたタンパク質で、細胞の表面につなぎ止められている。PDBエントリー 2hft1boyは組織因子の細胞外部分だけを示している(図はPDBエントリー 2hftのもの)。タンパク質全体としては、これ以外に細胞貫通部分と小さな細胞内部分もあるが、血液凝固機械と相互作用するのは細胞外部分である。ところが、細胞内部分も細胞信号伝達において独自の役割を果たしている。これは傷を治し新しい血管を作るための細胞移動を制御するのに重要であると考えられている。

血栓形成過程

左:組織因子と第VII因子(PDB:1dan) 右:第X因子(PDB:1xka、1IOD)

組織因子は凝血塊の形成を誘発する一連の相互作用を開始する。まず最初の段階で、血液中に見られる第VII因子(factor VII)が組織因子に結合する(上図左、PDBエントリー 1dan)。そうすると千倍近く活性が上昇する。次に特徴的な切断を第X因子(factor X、PDBエントリー 1xka1iod)に対して行い、活性型へと変換する。そして因子Xはトロンビン(thrombin)を活性化し、これが凝血塊の繊維状構造を形成するフィブリン(fibrin)を作り出す。この一連の過程がとる方策は、少しの組織因子と因子VIIが因子Xの複製をたくさん作り、更に多くのトロンビンを作ることができる。そして最終的にはもっと多くのフィブリンが作り出される。

構造をみる

組織因子と第VII因子(PDB:1dan) 青が組織因子、赤が第VII因子、底部にはカルシウムイオン(黄)を捕獲する修飾グルタミン酸(CGU、濃赤)が、上部には凝血阻害剤(緑)が見える。

PDBエントリー 1danで見たように、第VII因子は組織因子を取り囲んで分子の全長にわたって接触する。第VII因子は柔軟な結合部でつながれた4つのドメインで構成されている。底部にあるのがGLAドメインで、修飾された9つのグルタミン酸を持っている。これらは、PDB構造ファイルでは "CGU" と名付けられた、カルシウムイオンを捕獲する追加のカルボキシル基を持ったアミノ酸である。イオンが膜表面と相互作用し、第VII因子が組織因子を見つけ出すのを助けている。第VII因子の一番上にあるドメインは、第X因子に切れ込みを入れるタンパク質切断酵素である。このドメインはトリプシン(trypsin)やトロンビンなど他のセリンプロテアーゼ(serine protease)と非常に似ているように見える。中央には組織因子の認識を補佐する小さな2つのドメインがある。緑色で示した小さな分子は活性部位を阻害し、血液凝固を止める抗凝血薬(anticoagulant)として働く阻害剤である。

なお、遺伝的視点から見た組織因子に関する追加情報を、欧州バイオインフォマティクス研究所(EBI)の「今月のタンパク質」で提供している。また、"tissue factor" のキーワードでPDBエントリーを検索した結果はこちらで見ることができる。

組織因子についてさらに知りたい方へ

以下の参考文献もご参照ください。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2006年3月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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