62: 主要組織適合性複合体(Major Histocompatibility Complex)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
主要組織適合性複合体(MHC、PDB:1hsa)

ウイルスは油断のならない敵なので、私たちはそれに対して数多くの防衛を行わなければならない。抗体は私たちにとっても最初の防衛線である。抗体はウイルスに結合し、血液細胞を動員して破壊する。しかしもしウイルスがこの防衛をすり抜け細胞内に入ると何が起こるのだろうか?そうなると抗体はウイルスを見つけ出す方法がなくなり、ウイルスは安全になる。...しかしこれで終わりという訳ではない。

各細胞は第2の防衛線を持っている。それは細胞内が何かおかしくなった時に免疫機構への信号を利用する。細胞は常時古くなったり使われなくなったりしたタンパク質を分解し、その断片を細胞表面に提示している。小さなペプチドは主要組織適合性複合体(major histocompatibility complex、MHC)に保持される。MHCはペプチドをつかみ、それを免疫機構が検査できるようにしている。こうすることで、免疫機構は細胞内で起こっていることを監視できる。もし細胞表面に提示されたペプチドが全て通常通りなら、免疫機構は細胞に対して何もしない。ところが細胞内でウイルスが複製されていると、ウイルスタンパク質に由来する通常は見られないペプチドが多くのMHCによって提示される。免疫機構はそんな細胞を見つけると殺してしまう。

ペプチドの提示

免疫機構で用いられる多くのタンパク質と同様に、MHCも柔軟な結合部位によってつながれたいくつかの機能部位で構成されている。ここに示したPDBエントリー 1hsaの構造は細胞外部分だけを示している。橙で示した大きな鎖の上端には溝があり、そこに赤で示したペプチドが結合している。またピンクで示した小さい方の鎖はこの構造を安定化させている。タンパク質全体の中で橙の鎖は細胞膜を越えて下の方に延び、タンパク質を細胞表面に付着させている。ところがこの部分は大変柔軟性が高く、X線結晶解析が困難であるため分析からは取り除かれている。

活動中のMHC

ツタウルシ(poison ivy)によるかゆくなる反応はMHC機構によって引き起こされる。ツタウルシの葉の表面にある樹脂は皮膚のタンパク質と反応する。この毒された細胞はタンパク質を分解し、MHC分子を使って断片を提示する。かゆい発疹は免疫機構がこの断片を攻撃することで引き起こされる。更に深刻なのは、皮膚や臓器を移植する際にMHCが組織拒絶反応の原因となることである。これがこのタンパク質の名前の由来となっている。「組織適合性」(histocompatibility)という語句は、提供者(donor、ドナー)と患者との間で相性がよい移植相手を探すのが難しいことを指している。各個人はそれぞれ固有のMHC分子のセットを持っている。その種類は何百種類もあるが、各個人が持っているのはそのうちのたった4種類である(これは2種類ずつ両親から受け取ったものである)。異なるMHC型の皮膚断片を移植すると、免疫機構が発動され移植した細胞は破壊されてしまうだろう。それを回避する方策は、親類などの似たMHC分子セットを持つ人の中から型が一致する提供者を探すことである。

がんとのつながり

MHC機構は身体が持つ天然の抗がん作用にとっても重要であるという証拠が増えつつある。がん細胞も通常の細胞と同じように自分のタンパク質を分解した断片を細胞表面に提示する。もしがん細胞の持つタンパク質が、認識可能ながん変異を持っているなら、これは免疫機構に何かおかしいことを伝える信号となる。

型と専門用語

左:I型MHC(PDB:1hsa) 右:II型MHC(PDB:1dlh)

主に2種類のMHCが体内で使われている。既に述べてきたI型MHC(class I MHC)は、ほとんどの細胞表面で見られるもので、ウイルス感染から細胞を守っている。上図左に示したPDBエントリー 1hsaがその一例である。一方II型MHC(class II MHC)は、変なペプチドが提示されているのを見つけると体内のタンパク質を拾い上げて免疫機構を刺激する仕事をしている抗原提示細胞に特化して見られる。I型MHCと同様に、II型MHCも細胞表面につながれ、小さなペプチドを提示する窪みも持っている。ところが細かく見るといくつかの違いがある。II型MHCは両方の鎖に膜貫通部位が見られ、ペプチド結合部位は2つの鎖の間の溝に存在している。上図右に示した(PDBエントリー 1dlh)がII型MHCの一例である。科学の世界ではよくあることだが、注意が必要な専門用語がある。ヒトMHC分子はHLA(Human Leukocyte (Leucocyte) Antigen、ヒト白血球抗原)と呼ばれることが多い。

さまざまな折りたたみの型

3つの免疫機構タンパク質。左:T細胞受容体(PDB:1tcr、4ドメイン) 中央:抗体(PDB:1igt、12ドメイン) 右:MHC(PDB:2hla、2ドメイン)
免疫機構タンパク質共通のドメイン構造。βシートがジスルフィド結合で結合されている。

多くの免疫機構タンパク質は似た折りたたみ単位で構築されている。それは、βシート(ブロック矢印)の積み重なりが中央にある2つのシステインアミノ酸(cysteine、黄色い球)の間でジスルフィド結合が形成され固定されたものである。この共通するドメイン構造は、PDBデータベースで免疫機構タンパク質を見ると度々現れる。ここには3つの例を示した。左はT細胞受容体(T-cell receptor、PDBエントリー 1tcr)でこのドメインが4つ集まってできている。中央は抗体(antibody、PDBエントリー 1igt)でこのドメインが12個集まってできている。右はMHC(PDBエントリー 2hla)でこのドメインが2つ集まってできている。これらの親密なドメイン単位のアミノ酸が似ていることは、多くの免疫機構タンパク質が似た祖先タンパク質から進化してきたことを示している。

なお、遺伝的視点からみたMHCに関する追加情報が、欧州バイオインフォマティクス研究所(EBI)の「今月のタンパク質」で提供されているので合わせて参照いただきたい。

構造をみる

同じMHCに異なるペプチド結合した構造。左:水疱性口内炎ウイルス由来のペプチドが結合したもの(PDB:2vaa) 右:センダイウイルス由来のペプチドが結合したもの(PDB:2vab)

MHC機構全体として1つの問題がある。それは、各細胞が提示するペプチドは何千種類もあるのに、各細胞は数種類のMHCしか作らないことである。このジレンマを解決する方法は、異なるペプチドと結合したMHCの初期の構造によって明らかになった。ここには2つの構造を示した。左に示したのはPDBエントリー 2vaa、右に示したのは 2vab で、2つの異なるウイルスに由来するペプチドが同じMHCに結合している。別の似た一連の構造がPDBエントリー 1hhg1hhh1hhi1hhj1hhkで見ることができる。これらの構造を見ると、9個のアミノ酸でできているペプチドが2つのαらせんの間の溝の中に伸びた構造で保持されているのが分かる(上から見た図、上図上)。MHCタンパク質は、黄色い星印で示したチロシン(tyrosine)の各末端でペプチドをつかんでいる。2つの構造でこの3つの位置が似ていることに注目して欲しい。ペプチドはこの場所でMHCにつながれているが、他のアミノ酸は外側に伸びてタンパク質から外れている。来月の「今月の分子」(T細胞受容体)では、どのようにして免疫機構がこの外側にさらされたペプチドを認識するのかについて見ていくことにしよう。

主要組織適合性複合体(MHC)についてさらに知りたい方へ

以下の参考文献もご参照ください。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2005年2月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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