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今月の分子


この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2012年9月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧下さい。

153: ピルビン酸脱水素酵素複合体(Pyruvate Dehydrogenase Complex)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
ピルビン酸脱水素酵素複合体(中核部分 PDB:1eaa、輸送ドメイン PDB:1lac、結合ドメインへ付加された2つの酵素 PDB:1w85、1ebd)

X線結晶構造解析(X-ray crystallography)、NMR分光法(NMR spectroscopy)、電子顕微鏡(electron microscopy)の手法を組み合わせて、ピルビン酸脱水素酵素複合体(ピルビン酸脱水素酵素複合体)の秘密は明らかにされた。この複合体はエネルギーをつくる上で中心的な段階に当たる「解糖系(glycolysis)とクエン酸回路(tricarboxylic acid cycle)をつなぐ反応」を触媒する。反応は3つの別々の酵素によって3つの段階を経て行われるが、3つの酵素は全て効率的につながって一つの大きな多酵素複合体となっている。

多酵素複合体の各構成要素をみる

複合体は多くの部分から構成され、それらが一緒になって働くことで全体の反応は行われる。青で示す部分を対称中心とし、そのの周囲に複合体は構築されている。この中心部分を構成する各タンパク質鎖は長い柔軟な尾部を持っており、これが折りたたまれていくつかの追加機能ドメインとなる。これらドメインのうちの一つ(緑、黄、ピンクで示す部分)が他の酵素をとらえて複合体中につなぎとめている。また輸送体として働くいくつかの小さなドメインも存在する。これらドメインの中にあるアミノ酸のリジン(lysine、赤紫色の部分)が特有の輸送分子であるリポ酸(lipoic acid、図の構造には示されていない)に付加される。そしてこの輸送分子は反応過程で酵素から酵素へと受け渡されて分解されていく。なおここに示す図はかなり単純化されていることに注意して欲しい。24本ある尾部のうち6本しかここでは示していない。実際の複合体における中核部分は、他の構成要素によって完全に取り囲まれている。

複合体の構造解明

複合体全体が極めて柔軟なので、研究するのは困難であった。そこで構造生物学者は分割統治的な方法を使った。つまり、複合体を研究可能な小さな断片へと分割したのである。そして得られた各部分の構造と、電子顕微鏡によって得られた複合体全体の図を使って各断片がどのように集まっているのかを解明した。ここに示す図は複数のPDBエントリーに由来する構造を組み合わせたものである。これには中央の核(PDBエントリー 1eaa)、輸送ドメイン(carrier domain、1lac)、そして柔軟な尾部にある結合ドメインへ付加された2つの酵素(1w851ebd)が含まれる。

ビタミンをとりなさい!

ピルビン酸脱水素酵素複合体の構成要素で、チアミンピロリン酸を使ってピルビン酸から二酸化炭素を取り出す(PDB:1w85)

この複合体で行われる反応は巧妙であり、酵素は専用の化学的な「道具」を使ってこれを実現している。最初の段階を実行する酵素(ここに示す構造はPDBエントリー 1w85)は、チアミンピロリン酸(thiamine pyrophosphate)を使ってピルビン酸(pyruvate)から二酸化炭素を取り出す。チアミン分子は特有の反応性炭素原子(星印をつけた炭素)を持っていて、これが反応を助ける。また別の化学的道具もこの複合体にとって必要である。小さな運搬ドメインは、最初の酵素によってつくられるアセチル基を強くつかんでおくのにリポ酸を必要とする。また、アセチル基の最終的な転送先として別の珍しい化学運搬分子「補酵素A」(coenzyme A)を用いる。最終段階を実行する酵素は、リポ酸を回復させる反応を行うのにFADとNADを必要とする。このような複雑な化学的道具の中には、私たちの細胞が一から作り上げることができないものがある。それらの分子はチアミン(thiamine)、パントテン酸(pantothenic acid)、 リボフラビン(riboflavin)、ナイアシン(niacin)などのビタミンとして食物から摂取する必要がある。

構造をみる

ジオバシラス由来の12面体型60量体ピルビン酸脱水素酵素(PDB:1b5s)

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対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

物事を詳しく見れば見るほど複雑さが増していくのは、生物学でよくあることである。複合体の基本構造は、細胞の種類により様々なタイプのものがある。小さな尾部上にある輸送ドメインの数は、ここに示す事例では3つだが、細胞によっては1個または2個しかないものもある。また、私たちの細胞がつくる複合体では、中核部分にもう一つ別のタンパク質があって、これ自体が輸送ドメインを持っている。更に、中核部分自身の配置も複数のタイプが見られる。24個のサブユニットで構成される立方体型のものと、60個のサブユニットで構成される12面体型のもの(ここに示しているのはこちらタイプで、PDBエントリー 1b5s由来の構造)がある。上図下のボタンをクリックして、両タイプの中核部分を詳しく見てみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. 柔軟な結合部分を介して複数の機能ドメインがつながっている構造が次々と見つかっています。そのような他の事例をPDBで見つけることができますか?
  2. PDBにはチアミン、ナイアシン、リボフラビンなどのビタミンに由来する補因子を使う酵素が多数登録されています。これら酵素はどれも似た機能を行っているでしょうか? また補因子は酵素ごとに異なった使われ方をされているでしょうか?

参考文献

代表的な構造

1eaa: ピルビン酸脱水素酵素複合体
ピルビン酸脱水素酵素複合体は解糖系とクエン酸回路との間をつなぐ酸化的脱炭酸反応(oxidative decarboxylation reaction)を実行する多酵素複合体である。このPDBエントリーには第2段階の反応を行なう触媒機能を持った中核部分が含まれている。
1w85: ピルビン酸脱水素酵素複合体
ピルビン酸脱水素酵素複合体は解糖系とクエン酸回路との間をつなぐ酸化的脱炭酸反応を実行する多酵素複合体である。このPDBエントリーには第1段階の反応を行なう酵素と、その酵素を複合体へとつなぎとめる短い結合ドメインが含まれる。
1ebd: ピルビン酸脱水素酵素複合体
ピルビン酸脱水素酵素複合体は解糖系とクエン酸回路との間をつなぐ酸化的脱炭酸反応を実行する多酵素複合体である。このPDBエントリーには最終段階の反応を行なう酵素と、その酵素を複合体へとつなぎとめる短い結合ドメインが含まれる。
1lac: ピルビン酸脱水素酵素複合体
ピルビン酸脱水素酵素複合体は解糖系とクエン酸回路との間をつなぐ酸化的脱炭酸反応を実行する多酵素複合体である。このPDBエントリーには複合体内で酵素から酵素へとアセチル基を輸送する小さなドメインが含まれる。