93: クエン酸合成酵素(Citrate Synthase)
私たちの体内では、毎日大量の食べ物が燃やされている。とは言っても、暖炉のように燃えている訳ではない。食べ物の分子は、慎重制御された過程をいくつも経て、酸素分子とそれぞれ結びつく。このようにしてエネルギーは、ATPやNADHのように使いやすい形に取り込まれ、細胞の機能に欠かすことのできない力としてあらゆる場所で利用される。私たちの細胞は、酸素とブドウ糖をつなげる長い一連の反応からエネルギーの大半を得ている。この反応の結果、二酸化炭素と水、そして多くのATPとNADHが作り出される。
結合を作る
クエン酸合成酵素(citrate synthase)は、この糖酸化過程において中心的な役割を果たす酵素の一つで、クエン酸回路(クレブス回路とも呼ばれる)の最初の段階に関わっている。ブドウ糖は、解糖系においてあらかじめ砕かれ、ブドウ糖1分子当たり2分子の二酸化炭素と2分子の酢酸誘導体(アセテート)になる。アセテートは特別な補因子分子(Coenzyme A)と結びつき活性型(アセチルCoA)となっている。クエン酸回路では、アセテートに残る炭素原子は完全に酸化されて二酸化炭素となる。クエン酸合成酵素は、アセテート分子を取り込み、それをオキサロ酢酸に接触させることによって反応を開始させる。これはクエン酸回路内において、酵素から酵素へと炭素原子を受け渡していく便利なハンドルとして働く。
完全にぴったりかみ合う
クエン酸合成酵素は、酵素反応においてぴったりとかみ合う典型的な例である。ここに示したのはブタから得られた酵素で、PDBエントリー 1cts と 2cts から得られたものである。ヒトや多くの動植物で見られるものもこれとよく似た構造をしている。この酵素は2つの同じサブユニットから構成されていて、それぞれが活性部位を持っている。最初に開いた構造をとり(右図上、前の反応でできた生成物であるクエン酸が赤で示されている)、反応物が結合すると閉じた構造に変わり、反応物を囲み込んで結合反応を実行に移す(右図下、それぞれのサブユニットに結合した反応物の一方(アセチルCoA)を緑で示している)。
停止と進行
多くの細菌は、ここに示したのは大腸菌の酵素(PDBエントリー 1nxg)のように私たちよりも大きなクエン酸合成酵素を持っている。この酵素は6つの同じサブユニットから構成されているが、側面から見ると(上図下)2つずつ組となっているサブユニットが、それぞれ私たちが持つものと同じようにZ型をしていることが分かる。細菌の酵素には、NADHが結合するための部位も存在している(上図では赤紫色で示した)。NADHが酵素に結合すると、酵素の活性は低下する。これによって細胞はエネルギー生産速度を調整している。NADHがたくさんあることは、エネルギーが豊富に存在することを意味し、そんな時はこれ以上糖を分解する必要がないのである。
構造を見る
クエン酸合成酵素はあらゆる生物細胞で見られるので、生物間の違いを比較するのに便利な酵素である。特に、極限環境に生息する細胞の普通みられない適応をどのようにして行っているかを研究するのに使われる。酵素の構造は、大変寒い環境に生息する生物(例:PDBエントリー 1a59、ここには図示していない)や、熱い環境に生息する生物から得られている。ここに示したのはPDBエントリー 2ibp の構造で、高温に耐えることのできる興味深い構造的特徴を持っている。各鎖はジスルフィド結合を持っており、鎖を輪の中に近づけている。構造全体を見ると、2つの環状領域がつながっていることが分かる。もしこの構造が時々溶けるとしても、2つの環状領域はつながった状態を保つ。これは自然界で見られるタンパク質では滅多に見られない方法である。更に驚くべき事例として、HK97のウイルスカプシド(PDBエントリー 1ohg)があるが、これはつながった環状構造を多数持っているものである。
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クエン酸合成酵素についてさらに知りたい方へ
以下の参考文献もご参照ください。
- G. Wiegand and S. J. Remington (1986) Citrate synthase: structure, control, and mechanism. Annual Review of Biophysics and Biophysical Chemistry 15