8: 制限酵素(Restriction Enzymes)
細菌の反撃
細菌は、初期の今月の分子(Molecule of the Month)で紹介したバクテリオファージφX174のようなバクテリオファージによる攻撃に絶えずさらされている。様々な種類の細菌が自分自身を守るため、攻撃してくるファージのような外来DNAはいかなるものでも切断する方法を発達させてきた。これら細菌はDNAを切断する「エンドヌクレアーゼ」(endonuclease)を作っており、これが細菌の細胞質を巡回してファージDNAを待ち受けている。エンドヌクレアーゼはバクテリオファージへの感染を制限することから「制限酵素」(restriction enzyme)と呼ばれている。
分子のはさみ
制限酵素は種類ごとに決まったあるDNA配列を探し出し、配列中の一ヶ所を正確に切断する。例えば、ここに示すEcoRI酵素は、配列GAATTCのGとAの間を切断する。もちろん、うろつくエンドヌクレアーゼは危険をもたらす可能性があるので、細菌は自身のDNAをメチル基で修飾することにより保護している。このような修飾基は、DNA鎖の主たる溝にあるアデニン(adenine)塩基やシトシン(cytosine)塩基に付加される(どこに付加されるかは細菌の種類による)。このメチル基は制限酵素の結合は阻止するが、DNA内に蓄えられている遺伝情報を通常通り読み取ったり複製したりすることは阻止しない。一方、攻撃してくるバクテリオファージ由来のDNAはこのような保護メチル基を持っていないため、破壊されるだろう。細菌はそれぞれの種類に特有のDNA配列を切断する制限酵素を一種(細菌の種によっては数種類)を持っており、細菌ゲノム中にある同じ配列を保護するメチル基転移酵素(methyl-transferase)と組になって働く。
付着末端
生命工学(biotechnology)分野の急速な成長は、1950年代初めに制限酵素が発見されたことによって可能となった。制限酵素によって、DNAは正確な位置で切断される。そしてもう一つの酵素DNAリガーゼ(DNAリガーゼ)が、切断された断片を意図する順序で再びつなげ直すのに用いられる。この2つの酵素を一緒に使用することで、ゲノムのカスタマイズができるようになった。例えば、インスリン(insulin)や成長ホルモン(growth hormone)を作るよう設計した細菌を作ったり、農作物に耐病性を向上させる遺伝子を加えたりすることができる。
制限酵素の興味深い性質によって、この分子の切り貼りが単純になった。制限酵素は通常EcoRI部位のように対称性を持つDNA配列を認識する。
上側の塩基配列と下側の塩基配列は、逆方向に読むと同一であることに注目して欲しい。鎖のGとAの間を切断すると、それぞれ片方の鎖に突き出た部分が残る。
この突き出した部分は、たとえDNAの主鎖が切断されていても、2つの突き出た部分の間に形成された塩基対が2片を接着することから、「付着末端」(sticky end)と呼ばれている。付着末端は遺伝子工学には不可欠なもので、これによりDNAを小さく切り取って付着末端に合う特定の部位へと配置することができる。
構造をみる
PDBには多くの制限酵素の構造が登録されている。ここではもう一つの例、大腸菌(Escherichia coli)由来のEcoRVの構造を示す。左図上に示すのはPDBエントリー 1rva 由来の、DNAの短い断片と結合した制限酵素の構造である。矢印はこれから切断されるリン酸基を示している。左図下はPDBエントリー 1rvc 由来の、DNAが切断された後の構造を示している。こちらには水分子が挿入されているため2つの酸素原子がある。この両者は互いに接近してはいるが結合はしていない。この部分は、切断されていないDNAでは、DNA鎖と単結合した1つの酸素原子になっている。
なおこれら2つの図において、タンパク質は主鎖だけを簡単に表示し、DNA鎖の片方は緑色に色づけして示している。