9: リゾチーム(Lysozyme)
細菌への攻撃
リゾチーム(lysozyme)は、現代でも依然存在する細菌感染の危険から私たちを守っている。これは細菌を保護している細胞壁(cell wall)を攻撃する小さな酵素である。細菌は、短いペプチド鎖と絡み合った炭水化物の鎖で強固な表皮を作り、壊れやすい細胞膜が細胞の高い浸透圧に抵抗するための補強を行っている。リゾチームはこの炭水化物の鎖を分解し、細胞壁の構造的強度を損なわせる。そして細菌は自分自身の内圧によって破裂する。
最初の抗生物質
アレクサンダー・フレミング(Alexander Fleming)は、医療用の抗生物質(antibiotic)を念入りに調べる中でリゾチームを発見した。彼は長年に渡って、思いつくあらゆるものを細菌培地に加えて、細菌の成長を抑えるものを探していた。そして彼は偶然、リゾチームを発見した。ある日、彼は風邪を引いていて、培地にくしゃみの粘液を落としてしまった。すると、非常に驚いたことに粘液は細菌を殺したのである。彼は私たち自身が持つ、感染に対抗する天然防御の1つを発見したのであった。残念ながら、リゾチームは大きな分子なので、薬としてあまり使いやすいものではない。リゾチームは局所的に使うことができるが、身体全体の病気を取り除くことはできない。なぜなら細胞間を移動するには分子が大きすぎるからである。その後フレミングは研究を続け、幸いにして5年後に本当の抗生物質薬「ペニシリン」(penicillin)を発見した。
細胞の監視者
リゾチームは細菌が成長しうる食べ物の中で豊富に存在して保護を行っている。ここに示したリゾチームはニワトリの卵白から得られたもので、発生途上のひよこに養分を与えるタンパク質や脂肪を保護する役目をしている。リゾチームは構造が解明された最初の酵素で、それをPDBエントリー 2lyzで見ることができる。私たちの涙や粘液にはリゾチームが含まれていて、外にさらされた表面の感染に抵抗している。一方血液は、細菌が最も成長しづらい場所となっている。細菌が成長できれば、身体全体に運ばれてしまうからである。血液では、リゾチームも保護を行っているが、それと共に免疫機構(immune system)というより強力な方法も使っている。
分子の実験室
リゾチームは小さく安定な酵素で、タンパク質の構造と機能を研究するには望ましい。米国オレゴン大学(University of Oregon)のブライアン・マシューズ(Brian Matthews)は、リゾチームを使った一連の素晴らしい実験を行った。彼は、バクテリオファージ(bacteriophage)を使って、タンパク質鎖中のアミノ酸1つ以上が変化した何百種類もの変異体リゾチーム分子を作った。また、タンパク質内部にある大きなアミノ酸残基を除去して孔を作ったり、通常では入らない大きなアミノ酸残基を無理矢理中に詰め込んだりした時の影響も調べた。元とは別の形をした窪みを作ることにより新たな活性部位を作り出すことも試みた。こうやって作り出された何百種類も変異型リゾチームの構造が、PDBデータベースには登録されている。現にそれだけたくさんあることにより、リゾチームはPDBで最もよく目にするタンパク質となっている。ここに示した例は、2つのアミノ酸(9番と164番、緑)をシステイン(cysteine)に置き換えた変異体で、この中には新たなジスルフィド架橋(disulfide bridge、2つの黄色い原子の間)が形成されている。右に示したのが変異を行っていないPDBエントリー 1lydの酵素、左に示したのが変異を行ったPDBエントリー 1l35の酵素である。
構造をみる
リゾチームには長い活性部位の溝があって、ここに細菌が持つ炭水化物の鎖が結合する。ここに示した構造中には、糖の環2つおよびそれらの間を架橋する短いペプチド断片を含む、細菌細胞壁の断片がある。コンピュータを使ったモデル設計によって、リゾチームは結合した糖環の形を歪ませ、切断しやすくしているという機構が提案されている(但し、静電力など別の影響がより重要であるとする研究もある)。ここに示したPDBエントリー 148lの構造は、この歪んだ環がどのように見えるのかが示されている。糖の環は通常、左図上の右(164番残基)にある紫色の環のように、ジグザグした「いす型」の構造をとる。これと緑色で示した左側(165番)の環と比べて欲しい。こちらは平らになってより不安定な構造になっている。