7: ヌクレオソーム(Nucleosome)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
ヌクレオソーム(青:ヒストン8量体、茶:DNA)

分子の司書

現代は分子生物学にとって、幸福な時代である。1944年、アベリー(Avery)による「DNAが遺伝物質である」というの発見により始まった知識の急増は、必然的にワトソン(Watson)とクリック(Crick)によるDNA分子構造モデルの提唱へとつながる。そして、遺伝暗号を解読するための詳細な実験が続けられ、現在ではヒトゲノムの最初の草稿(ドラフト)が完成するところまで到達した。数十億年もの進化を通して書かれたこの分子教科書は、私たち生命のあらゆる場面の基となる分子過程に計り知れない見識を与えてくれるであろう。

私たちの細胞ひとつひとつに(より正しくは、私たちが持つ細胞のほとんど全てに)遺伝子のコピーが含まれており、それぞれ30億塩基対のDNAに記号化されている。そして、この情報はとても重要であるため、注意深く管理されなければならない。私たちの細胞内では、一群の修復酵素が、外界からの刺激によってDNA鎖に生じた化学変化を修復する。しかし一方で、この精巧なDNA鎖の構造は物理的損傷からも保護されなければならない。これがヌクレオソーム(nucleosome)の担う仕事である。

矛盾した仕事

ヌクレオソームの役割として、二つの相反する機能を同時に行うために矛盾した仕事を行う。一つは、DNAをぎっしり詰め込んで損傷しないようにする強固な保護的構造を作ることで、このためにヌクレオソームは安定でなければならない。一方、DNA中にある情報が利用できるようにするため、十分柔軟である必要もある。ポリメラーゼ(polymerase)は、新たなタンパク質を作るためにメッセンジャーRNA(messenger RNA、伝令RNA)へ転写する時にも、細胞分裂の際DNAを複製する時にもDNAに接触できなければならない。ヌクレオソームがこれらの相反する要求に対応する方法はまだよく分かっていないが、ヌクレオソームの周囲でDNAを部分的に一度に1ループずつほどきDNAの情報を読めるようにする仕組みが関わっているのかもしれない。

尻尾を振る

ヌクレオソームは、DNAを安全に包む機能とは別に、蓄積している遺伝子の活動を部分的に変更する機能がある。それぞれのヌクレオソームは、中央で8つの「ヒストン」タンパク質(histone、図中の青色部分)が一緒にしっかりと束ねられ、その周囲を二つの環状のDNA(図中の薄茶色部分)が取り囲む構造になっている。しかしながら、このヒストンタンパク質は、他の多くのタンパク質に見られるような球形をしていない。ヒストンタンパク質は長い尾を持っていて、その長さは全長の4分の1近くになる。その尾は詰まったヌクレオソームの本体から外側に伸びて隣接する別のヌクレオソームに接触し、隣り合った分子同士をしっかりと結びつける。一方、尾を化学的に修飾してヌクレオソーム間の相互作用を弱める調節酵素が、核には存在している。このようにして、細胞は特定の遺伝子がポリメラーゼによってよりアクセスされやすいようにして、その特定の情報を複写し、新しいタンパク質を作りだせるようにしているのである。

正反対同士は引き合う

ヌクレオソーム(左:中心部分のヒストン、右:周辺部分のDNA)

ヒストンタンパク質は、その役割を果たせるよう完璧に設計されており、細菌以外の生物全てにおいてヒストンはほぼ同一である。わずかな変更でさえ、致命的だということであろう。上図左に示すヒストン8量体の表面は正電荷をもつアミノ酸(窒素原子は青で示す)で飾り立てられている。これは上図右に示す、DNA上にある負電荷を帯びたリン酸基(リン原子は黄色で、酸素原子は赤で示す)と強く相互作用する。この相互作用が外側にあるDNA鎖と中心部のタンパク質を接着する役割をする。ただこれはそれほど単純なことではない。DNAは普段は長くまっすぐ伸びた分子であるが、ヌクレオソームの中では、無理曲げて2つの窮屈な輪にしなければならないからである。

構造をみる

ヌクレオソーム(PDB:1aoi)

天然状態のヌクレオソームは、PDBエントリー 1aoi で見ることができる。この図では、8個のヒストンタンパク質を太い管で、DNAを8量体タンパク質を環状に取り囲む細い2本の管で表現している。中心から外側へ伸びているように見える8つのタンパク質鎖の尾部は、実際にはもっと長い。しかし、それらはとても長く柔軟であるため、結晶内では不規則構造(disordered)となって観察することができない。もし細胞の中でヌクレオソームをみることができるのであれば、左下に伸びる一本の長い鎖と同じように、他のタンパク質の尾部分も長く伸びて見えることであろう。この構造は、DNAのほんの短い部分しか含んでいないことに注意してほしい。実際は、これらの小さなヌクレオソームが、DNAの長い鎖に沿って何百万個も配置されているのである。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2000年7月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

	{
    "header": {
        "minimamHeightScale": 1.0,
        "scalingAnimSec": 0.3
    },
    "src": {
        "spacer": "/share/im/ui_spacer.png",
        "dummy": "/share/im/ui_dummy.png"
    },
    "spacer": "/share/im/ui_spacer.png"
}