278: SARSコロナウイルス2型のヌクレオカプシドと家庭検査(SARS-CoV-2 Nucleocapsid and Home Tests)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

SARS-CoV-2のヌクレオカプシド2量体。一定の構造をとるドメイン部分は原子構造を示し、構造が定まらない領域は模式的に示している。ヌクレオカプシドは赤紫色と紫色で、短いRNA鎖は黄色で示す。
SARS-CoV-2のヌクレオカプシド2量体。一定の構造をとるドメイン部分は原子構造を示し、構造が定まらない領域は模式的に示している。ヌクレオカプシドは赤紫色と紫色で、短いRNA鎖は黄色で示す。 高解像度TIFF画像はこちら

COVID19(SARSコロナウイルス2型感染症)の大流行が始まって間もなく、研究者たちはそれと戦う方法を見つけるために動員された。その努力のおかげで、今はウイルスの拡散を阻止するための効果的な方法がたくさんある。ワクチンは私たちを感染から守り、ニルマトレルビル(nirmatrelvir、ファイザー社のパクスロビッド Paxlovid に含まれる抗ウイルス活性成分)は、感染した人々の治療に活用できる。しかし、おそらく最も重要なことは、感染しているかどうかを知るための使いやすい家庭用検査キットが広く入手できるようになることである。これは、SARS-CoV-2(SARSコロナウイルス2型)との闘いにおける中心的なツールの一つである。これがあれば、いつでも自分自身を検査し、感染していれば隔離することができるため、社会的状況の安全性に対する信頼が高まる。

自宅での検査

ほとんどの家庭用検査キットは、収集したサンプルの中にヌクレオカプシド(nucleocapsid)があるかどうかを見ている。ヌクレオカプシドには、ウイルスゲノムをビリオン(ウイルス粒子)内に包み込む役割がある。これは SARS-CoV-2 に感染した細胞で大量に作られるため、効果的な検査対象となる。通常、検査では「フロースルー」技術が使われる。キットの小さな窪みに少量のサンプルを入れると、分子はヌクレオカプシドを認識する抗体(antibody)がある領域を流れる。その後、抗体と結合したヌクレオカプシドはさらに流れ、検査結果が陽性であれば反応するラインで捉えられる。これらの検査では、私たち自身が持っている抗体など一般的な分子を検知するためのコントロールも含まれているが、これはサンプルが正しく収集されたことを確認することだけを目的としている。

一定の構造を取る領域と構造が定まらない領域

ヌクレオカプシドは、多くの機能部位をもつ複雑な分子である。ある部分は折りたたまれて、ウイルスゲノムRNAの短い断片をつかむ溝を持ったRNA結合ドメイン(RNA-binding domain、PDBエントリー 7act)となる。また別の部分は折りたたまれて、2つのヌクレオカプシド分子を結合させる2量体化ドメイン(dimerization domain、PDBエントリー 6wji)になる。タンパク質の残りの部分は元々構造が定まらない(disordered)領域で、タンパク質鎖の両端に尾を形成し、ある一定の構造をとるドメイン同士をつなぐ柔軟なリンカーになっている。これらの構造が定まらない領域は、RNAとの結合を助け、ヌクレオカプシド二量体の会合を調整して、ビリオン内の小さな空間にDNAを詰め込むより大きな集合体をつくる役割を担っている。

抗体の認識

SARS-CoV-2ヌクレオカプシド(赤紫色)の異なる面に結合した3つの抗体の構造(青色)。
SARS-CoV-2ヌクレオカプシド(赤紫色)の異なる面に結合した3つの抗体の構造(青色)。 高解像度TIFF画像はこちら

SARS-CoV-2家庭用検査キットは、鼻腔サンプルに含まれる複雑な生体分子の混合物からヌクレオカプシドだけを特異的に認識する抗体に基づいてつくられている。これらのキットは、使われている抗体が認識する分子内の部位が商品によって違っている。これは別に驚くべきことではない。なぜなら、免疫システムは標的分子のあらゆる側面を探る抗体を作り出すのに非常に有効であり、検査キットの開発者が使える抗体の候補はたくさんあるからである。例えば、ここに示す図は、ヌクレオカプシドのRNA結合ドメインの異なる面に結合した3つの抗体の構造を合わせて示したものである(PDBエントリー 7cr57n3c7sts)。

構造をみる

RNA結合ドメイン

表示方式: 静止画像

対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

ヌクレオカプシドは、RNAとしっかり結合するために、いくつかの構造的技法を使っている。まず、RNA結合ドメインには長いループがあり、これが折れ曲がってRNAをつかんでいる。次に、このループとそれによってつくられる溝には、アルギニンとリジンのアミノ酸(ここでは紫色と青緑色で示す)が並んでいる。これらは正の電荷を帯びていて、負の電荷をもつRNAと相互作用するのに有利である。画像の下のボタンをクリックして対話的操作ができる画像に切り替え、この相互作用に関する3次元的な側面を見てみて欲しい。なお、この図ではRNAと結合した構造(PDBエントリー 7act)とタンパク質単独の構造(PDBエントリー 6yi3)とを含んでいる。

理解を深めるためのトピックス

  1. 抗体のイラストおよび対話的操作のできる図で用いた構造重ね合わせ座標は、RCSB PDBウェブサイトのPairwise Structure Alignmentツールを使って構造を重ね合わせ作成したものです。RNA結合ドメインのアライメントを試し、SelectView-->StructuresメニューでRNAを表示させてみてください。
  2. RCSB PDBウェブサイトのGroup Sequenceページで、ヌクレオカプシドの全構造を見渡すことができます。中央のリンカー領域を含めいくつかの構造があることに注目してください。

参考文献

  1. Frank, F., Keen, M.M., Rao, A., Bassit, L., Liu, L., Liu, X., Bowers, H.B., Patel, A.B., Cato, M.L., Sullivan, J.A., Greenleaf, M., Piantadosi, A., Lam, W.A., Hudson, W.H., Orlund, E.A. 2020 Deep mutational scanning identifies SARS-CoV-2 nucleocapsid escape mutations of currently available rapid antigen tests. Cell 185 3603-3616
  2. 6yi37act Dinesh, D.C., Chalupska, D., Silhan, J., Koutna, E., Nencka, R., Veverka, V., Boura, E. 2020 Structural basis of RNA recognition by the SARS-CoV-2 nucleocapsid phosphoprotein. PLoS Pathog 16 e1009100
  3. Peng, Y., Du, N., Lei, Y., Dorje, S., Qi, J., Luo, T., Gao, G.F., Song, H. 2020 Structures of the SARS-CoV-2 nucleocapsid and their perspectives for drug design. EMBO J 39 e105938

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2023年2月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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