260: リボヌクレアーゼP(Ribonuclease P)
この記事は、2021年1月に定量生物医学ラトガース研究所(Rutgers Institute for Quantitative Biomedicine)の主催で開催された1週間の集中合宿「生物医学における科学コミュニケーション」(Science Communication in Biology and Medicine)の一環で、スティーブン・アーノルド(Steven Arnold)、モモドゥー・キャメラ(Momodou Camara)、メーガン・C・ディオリオ(Megan C. Diiorio)、ダイアン・レイ(Dhyan Ray)により執筆され、描かれたものです。
リボザイム
細胞内で行われるほとんどの化学反応は酵素が触媒することによって進められている。しかしある特殊な場合では、触媒活性部位の構築にRNAが使われたリボザイム(ribozyme)がつくられる。例えば、自己スプライシングRNA(self-splicing RNA)は、タンパク質による助けを必要とすることなく、より長いRNA鎖から自分自身でその一部を切り出す。リボヌクレアーゼP(ribonuclease P、RNase P)、リボヌクレアーゼMRP(ribonuclease mitochondrial RNA processing、RNase MRP)、リボソーム(ribosome)は、タンパク質の生合成において重要な役割を果たすリボザイムの例である。リボヌクレアーゼPは転移RNA前駆体を切断し、5' 末端が完成した転移RNA(transfer RNA、tRNA)分子をつくる。リボヌクレアーゼMRPは組み上がったリボソームの中にあるRNAを切断し、リボソームはリボソームRNAによって触媒される反応を使って新たなタンパク質をつくる。
転移RNAの切断
転移RNAは、核酸の3つ組ヌクレオチドコドンをアミノ酸へ対応させることによりタンパク質合成を進めている。この過程は細胞の生存にとって最も重要なので、転移RNA分子は高度に調節され、転移RNA前駆体として転写された後に広範囲に渡って修飾を受ける。ここに示すPDBエントリー6ahuでは、エンドヌクレアーゼリボヌクレアーゼPが転移RNA前駆体の5' 末端から小さな前駆体断片を切り出し、機能する完成した転移RNA分子をつくる。ヒトの核リボヌクレアーゼPは、10分子のタンパク質と触媒作用を持つ大きなRNA鎖で構成されている。個々のタンパク質は、転移RNAの認識とそれに続く触媒作用ができるようにするため、RNAを安定化し適切な向きに配向させるのに役立つ。
リボヌクレアーゼPの多様性
細菌(bacteria)も古細菌(archaea)もたった1種類のリボヌクレアーゼPしか持っていないが、真核生物(eukaryote)の中には2種類の転移RNA前駆体を切断するしくみを持つものがいる。一つは触媒RNA鎖を持つリボザイムリボヌクレアーゼP(ribozyme ribonuclease P)で、もう一つはRNAをまったく持たないタンパク質のみのリボヌクレアーゼP(protein-only ribonuclease P、PRORP)である。どちらのエンドヌクレアーゼも同じ機能を実行するが、細胞での位置と構造が異なる。PRORPはミトコンドリア(mitochondria)で働き、独立したミトコンドリアゲノムにコードされエネルギー産生にとって重要な遺伝子の発現に関係する転移RNA前駆体を切断する。一方、RNAを基盤に持ったリボヌクレアーゼPは核内で転移RNA前駆体を修飾する。PRORPとRNAを持ったリボヌクレアーゼPのタンパク質サブユニットは似た機能を持っているが、構造上の相同性はない。
分子の化石
リボヌクレアーゼPはほぼすべての生物が持っている2つあるリボザイムのうちの一つで、もう一つはリボソームである。驚くべきことに、このRNAは細菌、古細菌、および真核生物の核リボヌクレアーゼPで非常によく似ている。これは生命の3ドメインが多様化する前からある種のリボヌクレアーゼPが存在し、古代のRNAに基づいた世界で進化した可能性を示す証拠である。タンパク質の含量には大きな違いが見られる。一般に複雑な生物ほど含まれるタンパク質サブユニットの数が多い。ここに示すPDBエントリー3q1q(左上)は細菌のリボヌクレアーゼPで、タンパク質サブユニットの数は少なく、全質量のわずか10%に過ぎない。またPDBエントリー6k0b(右上)は古細菌のリボヌクレアーゼPで、8つのタンパク質サブユニットを持つ二量体として機能する。PDBエントリー6ahu(下)はヒトの核リボヌクレアーゼPで、10個のタンパク質サブユニットで構成される。
構造をみる
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ウラシル80(uracil 80、U80)は、リボザイムの触媒中心にあるヒトリボヌクレアーゼPの保存ヌクレオチドである。リボヌクレアーゼPの活性部位にあるヌクレオチドを詳しく調べると、転移RNAが結合したととウラシル80の立体構造が変化することが分かった。転移RNAを伴ったリボヌクレアーゼPと、伴わないリボヌクレアーゼPを重ね合わせると、転移RNA(青緑)がないとウラシル80がふくらみ、触媒作用を不活性化する立体障害をつくり出す。そして転移RNAが結合すると、ウラシル80は反転して触媒作用がONになる。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、転移RNAを伴ったリボヌクレアーゼPと、伴わないリボヌクレアーゼPの構造(PDBエントリー6ahu、6ahr)を見比べてみて欲しい。
理解を深めるためのトピックス
- リボヌクレアーゼP MRPの構造は、PDBアーカイブにはPDBエントリー6w6vを含め何件か登録されています。
- リボヌクレアーゼPの構造に対応するクライオ電子顕微鏡データを、PDBエントリー 6ahuのEMデータリソースページ(EM Navigator@PDBj・EMDataResource)にアクセスして確認してみてください。
- PRORPは触媒RNAサブユニットがない珍しいタイプのリボヌクレアーゼPです。4g24を見て、PRORPの三次元構造を見てみてください。
参考文献
- 6k0b 2019 Cryo-electron microscopy structure of an archaeal ribonuclease P holoenzyme. Nature Communications 10 2617-2617
- 6ahr、6ahu 2018 Cryo-EM Structure of the Human Ribonuclease P Holoenzyme. Cell 175 1393-1404
- 2016 The diversity of ribonuclease P: Protein and RNA catalysts with analogous biological functions. Biomolecules 6 27
- 3q1q 2010 Structure of a bacterial ribonuclease P holoenzyme in complex with tRNA. Nature 468 784–789
- 2010 The ancient history of the structure of ribonuclease P and the early origins of Archaea. BMC Bioinformatics 11 153
- 2008 RNase P without RNA: Identification and functional reconstitution of the human mitochondrial tRNA processing enzyme. Cell 135 462-474
- 2008 A protein-only RNase P in human mitochondria. Cell 135 412-414
- 2002 Ribozymes, the first 20 years. Biochem Soc Trans 30 1162–1166