253: エクスプレソーム(Expressome)
私たちの細胞において、転写(transcription)と翻訳(translation)は2つの異なる場所で行われる。DNAは核の中で伝令RNA(messenger RNA)に転写され、伝令RNAは細胞質内でタンパク質へと翻訳される。一方細菌の細胞では、すべてが一つの場所で行われるので2つの過程が互いに干渉する可能性がある。しかし実際のところ、細菌はこれを利用している。リボソームはただちに伝令RNAの転写を開始し、最終的には伝令RNAを連続的につくるのを促すのに十分な量の新たな伝令RNAを引き寄せる。
柔軟な接続部位
しかし一般に、細菌はリボソーム(ribosome)がRNAポリメラーゼ(RNA polymerase)に衝突するのを単純に許すわけではない。代わりに、転写伸長因子(transcription elongation factor)を使ってRNAポリメラーゼをリボソームにつなぎ、近いが近づき過ぎない位置を維持する。NusG や NusA のような転写伸長因子には柔軟性があり、RNAポリメラーゼとリボソームとの間にある程度の空間をつくるので、新しいタンパク質にアミノ酸が付加されるときに必要となるさまざまなリボソームの細かい動きのための空間が確保される。
エクスプレソームの働く様子
RNAポリメラーゼ、リボソーム、それに関連するすべての分子が集まってエクスプレソーム(expressome)をつくる。これはまた、転写-翻訳複合体(Transcription-Translation Complex、TTC)とも呼ばれる。PDBエントリー6x9qで見られるように、RNAポリメラーゼとリボソームの小サブユニットとをつなぐNusG と NusA は、新しくできた伝令RNA鎖をリボソームに入るのにぴったりの場所に配置する。
衝突する複合体
ご想像の通り、これらの大きな複合体は研究が難しいので、可視化するのにいくつかの方法が使われた。初期に行われた研究の一つ、PDBエントリー5my1(ここには示していない)では、RNAポリメラーゼを停止させ、リボソームが衝突できるようにしている。最近、別の研究者はポリメラーゼとリボソームを結びつけるのに短いRNAの断片を使った。例えば、PDBエントリー6ztm(図左)や6vu3(示していない)では、先述の衝突した構造に似た複合体をつくっていることが分かった。比較してみると、NusG/NusA 転写伸長因子(図右)がポリメラーゼとリボソームを少し離し、かなり異なる相対的向きを保っていることが分かる。
構造をみる
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これらエクスプレソームの構造で、セントラル・ドグマ(Central Dogma)全体を一つの構造で見ることができる。ここにはPDBエントリー6ztjの構造を示す。上にはDNAの小片があり、RNAポリメラーゼがこれをこじ開けて転写バブルをつくっている。伝令RNAはDNAより転写され、リボソームへと伸びていく。そこでは、転移RNA(transfer RNA)が伝令RNAのコドンと並べられ、新たなタンパク質がつくられる。この構造では、白で示す一つのフェニルアラニンが伸長しているタンパク質鎖の場所にある。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、この構造をより詳しく見てみて欲しい。
理解を深めるためのトピックス
- EMデータリソース、またはPDBjのEMDBデータブラウザEM Navigatorにアクセスし、これらのエクスプレソームに関するクライオ電子顕微鏡のデータを調べてみてください。例えば、PDB:6x9qに対応するEMDBエントリーのEM Navigatorページを見てみてください。