246: SARSコロナウイルス2型 スパイク(SARS-CoV-2 Spike)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

SARSコロナウイルス由来のスパイクタンパク質。上には受容体結合ドメイン(RBD)の一つが結合している。閉じた形状の構造は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のもの。S1領域はピンク、S2領域は赤で、糖鎖修飾部位は薄い影をつけて示す。
SARSコロナウイルス由来のスパイクタンパク質。上には受容体結合ドメイン(RBD)の一つが結合している。閉じた形状の構造は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のもの。S1領域はピンク、S2領域は赤で、糖鎖修飾部位は薄い影をつけて示す。 高解像度TIFF画像はこちら

以前流行したSARSコロナウイルスSARS-CoV)に関する長年の研究に基づき、現在流行している新型コロナウイルスSARS-CoV-2)への対策が早急に進められている。このウイルスのスパイクタンパク質(spike protein)は、ウイルスに対抗する免疫の元となる抗体の主な標的となるため、感染症対策においてまず第一に研究対象となるタンパク質である。コロナウイルスは、表面がこのスパイクで覆われているため、電子顕微鏡で見た外観は独特な王冠状になっている。スパイクは受容体と結合し、細胞膜と融合してウイルスゲノムを細胞の中に放出することで一連の感染過程が始まる。他のエンベロープを持つウイルスも多くがこれに似たスパイク様のタンパク質を使って細胞に感染する。例えば、インフルエンザウイルスの赤血球凝集素(influenza hemagglutinin)、そしてエイズウイルス-1(HIV-1)やエボラウイルス(Ebolavirus)のエンベロープ糖タンパク質が挙げられる。

適当なサイズにカット

スパイクタンパク質は3つの同じ鎖で構成され、これらが集まってウイルス内部にある小さなドメイン、膜につながる部分、そしてウイルスの外に突き出した大きな外部ドメインをつくっている。さらに、スパイクは糖タンパク質であり、外部ドメインはウイルスを免疫系から隠すのに役立つ糖鎖で覆われている。SARSコロナウイルスと新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)から得られたスパイクタンパク質の外部ドメインだけの構造(6crz6vxx)をここに示す。ご覧の通り両者は非常によく似ている。各鎖はまずつながった1本の鎖として合成され、その後細胞が持つプロテアーゼによって切断されて2つの機能単位に分かれる。外側のS1領域(赤紫)は細胞の受容体と結合し、S2領域(赤)はウイルスと細胞の融合を指示する。どちらの構造も糖鎖についてはスパイクタンパク質を覆う部分しか含まれていない。なぜなら糖は柔軟性が高く観察が難しいからである。

柔軟であるという特徴

最近解明された構造から、SARS-CoVとSARS-CoV-2のスパイクはどちらも非常に柔軟であることが分かった。これら構造を見ると、受容体結合ドメインの配置が異なっている。ドメインが一つだけが上に出ているいうことはよくあるが、すべてがひっこんでいたり複数のドメインが外に出ていたりすることもある。外に出た配置は受容体と結合するのに必要なので、この柔軟さはウイルスにとって非常に有利である。最近の変異型SARSは受容体結合ドメインの柔軟性が特に高いので悪性が高く、より広まっていて一般的な風邪を引き起こすコロナウイルスは柔軟性が低いので危険度はまだましであるという仮説が立てられている。

受容体との結合

スパイクタンパク質(赤と赤紫)が受容体ACE2(青)に結合した複合体のイラスト。ACE2はアミノ酸輸送体B0AT1(緑)を含む複合体の一部である。細胞膜があるおおよその位置は下方に薄い青で示す。
スパイクタンパク質(赤と赤紫)が受容体ACE2(青)に結合した複合体のイラスト。ACE2はアミノ酸輸送体B0AT1(緑)を含む複合体の一部である。細胞膜があるおおよその位置は下方に薄い青で示す。 高解像度TIFF画像はこちら

スパイクタンパク質は細胞表面にあるACE2(アンギオテンシン変換酵素2、angiotensin-converting enzyme 2)に結合する。ACE2は血圧の調節に関係するペプチドホルモンの一つアンギオテンシンを活性化する酵素である。ACE2は肺、心臓、腎臓、腸の細胞で見られ、これらの細胞はウイルスによる感染の対象となる。PDBエントリー6m17の構造によって、ACE2にSARS-CoV-2スパイクタンパク質の受容体結合ドメインが結合した複合体の構造が明らかになった。複合体の中で、ACE2はアミノ酸輸送体B0AT1にも結合している。ここに示すイラストはこの複合体の構造に、PDBエントリー6vsbから得られたスパイクタンパク質の構造を重ね合わせて描いたものである。

構造をみる

スパイク受容体結合ドメインに結合した抗体

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私たちがコロナウイルスに感染すると、私たちの免疫系はこれに対抗する。スパイクはウイルス表面に露出しているため、この対抗措置における主な対象となる。これら3つの構造(PDBエントリー3bgf2ghw6w41)は抗体(緑)がさまざまな方法でスパイクタンパク質を認識できることを示している。このうち2つはドメインの受容体結合部位(濃い色で示す部分)を阻害している。そしてもう1つの抗体はドメインの基部に隠れた部分を対象としている。この部分は抗体が結合したときにしか外に露出しない。これらの構造をより詳しくみるため、図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えてみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)および新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)について、より詳しい情報がメインのRCSB PDBサイトRCSB PDBの教育サイトPDB-101およびPDBjにあります。

参考文献

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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2020年6月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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