221: ヒトパピローマウイルスとワクチン(Human Papillomavirus and Vaccines)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

クライオ電子顕微鏡を使って得られたパピローマウイルスカプシドの構造。オレンジ色で示すカプソメアは別のカプソメア5つに、赤色で示すカプソメアは別のカプソメア6つに囲まれている。下に示す構造は多くのウイルス特異的な抗体(青色で示す部分、ここには抗体のFab部分しか含まれていない)でおおわれている。
クライオ電子顕微鏡を使って得られたパピローマウイルスカプシドの構造。オレンジ色で示すカプソメアは別のカプソメア5つに、赤色で示すカプソメアは別のカプソメア6つに囲まれている。下に示す構造は多くのウイルス特異的な抗体(青色で示す部分、ここには抗体のFab部分しか含まれていない)でおおわれている。

パピローマウイルス(papillomaviruse)は時に致死的な危険をもたらす悩ましい病原体で、皮膚や粘膜において細胞を攻撃する。細胞に感染すると、通常の生長機能を脅かし、しばしばいぼを形成する。通常であれば私たちの防御で感染を制御することができるが、場合によってウイルスは生き残り望まない成長ががんになってしまうこともある。驚くべきことに、特に悪性の強いタイプのパピローマウイルスは感染することにより子宮頚がん(cervical cancer)を引き起こす。ただ幸いなことに、このウイルスを研究し非常に効率的な方法でこれと戦う方法が発見されている。

小さな危険因子

パピローマウイルスは小さなウイルスで、環状DNAのゲノムを取り囲む簡易なカプシド(capsid)を持っている。カプシド(PDBエントリー3j6r)にはL1と呼ばれる主要カプシド鎖の複製が360本含まれている。L2と呼ばれる2種類目のカプシド鎖も内部にあるが、これはゲノムをカプシド内に詰め込むのを助けているのかもしれない。ただこのカプシド構造は準対称性ウイルスが持つ典型的なのものではない。その代わりシミアンウイルス40(simian virus 40)のようにして、L1鎖が72個の五量体カプソメア(capsomere)をつくり、長い柔軟な尾部を通じて相互作用する。

ウイルス様粒子とワクチン

このウイルスががんを引き起こしていることが分かるとすぐに、これと戦うためのワクチンを探す研究が始まった。現在、最も効果的な方法はL1タンパク質でできているがDNAは含まないウイルス様粒子(Virus-Like Particle、VLP)をつくるというやり方である。免疫系はこのVLPからの攻撃に備えるしくみをつくるが、感染性はないのでワクチンとして安全に使える。PDBエントリー6bt3の構造は、どのようにして抗体がウイルスの表面を覆い、細胞に感染できないようにしているのかを示している。

ワクチンを完全なものにする

ヒトに感染するパピローマウイルスの系統はたくさんあるが、その中で最も危険な系統に対抗するための予防ワクチンが完成した。二価ワクチン(bivalent vaccine)は子宮頚がんに関わる二種類の型(16型と18型)を対象とする。大半の尖圭コンジローマ(性器疣贅せいきゆうぜい、性器にできるいぼ)を引き起している6型と11型も対象に加えた四価ワクチン(quadrivalent vaccine)、さらに5つの発がん性がある系統も追加し対象を広げた九価ワクチン(nonavalent vaccine)もある。ここに示すカプシドは16型パピローマウイルスのもので、世界で最もよくある子宮頚がんの原因になっている。

がんを引き起こす

パピローマウイルスE6タンパク質にp53腫瘍抑制因子とユビキチンリガーゼE6APが結合した構造。
パピローマウイルスE6タンパク質にp53腫瘍抑制因子ユビキチンリガーゼE6APが結合した構造。

パピローマウイルスのゲノムにはE6、E7と呼ばれる2つの小さなタンパク質がコードされていて、特に危険な系統ではがんを引き起こすがん遺伝子として作用する。これらが一緒になって異常な細胞成長を促し、通常であれば働く防御を効かなくしてしまう。作用する対象は細胞のいろんな信号伝達タンパク質で、これは増殖やアポトーシスといったさまざまな過程を制御しているものである。PDBエントリー4xr8は、E6がこの恐ろしい仕事を行う一場面をとらえている。この構造において、p53腫瘍抑制因子(p53 tumor suppressor)とユビキチンリガーゼ(ubiquitin ligase)との間に結合ができているが、これが最終的にはプロテアソーム(proteasome)によるp53の分解を引き起こす。こうしてウイルスは細胞のアポトーシスを阻止し、感染を成し遂げる。

構造をみる

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パピローマウイルスは感染しようとする細胞の表面にあるヘパリン(heparin)分子に結合する。単離されたL1カプソメア(L1 capsomere)の結晶構造(PDBエントリー5w1o)から、リジン(lysine)が並んだウイルス表面の溝によってヘパリン鎖(左の図にある緑色の分子)を認識していることが明らかになった。またこれと似たもので抗体(antibody、右の図にある青色の分子)を伴った構造(PDBエントリー5y9f)は、抗体がこの認識を阻害し細胞に付着できないようにしていることを示している。これら2つの構造を見比べるため、図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えてみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. パピローマウイルスE7で検索すれば、E7発がん性タンパク質の構造を見ることができます。パピローマウイルスタンパク質E1-E8の名前にはEの文字が、2つのカプシドタンパク質の名前にはLの文字が含まれていますが、これはどうしてだか分かりますか?
  2. カプシドで検索すると、ウイルスはさまざまな方法を使ってカプシドを構築していることがわかります。
  3. パピローマウイルスのペーパーモデルを作ることができます。

参考文献

  1. World Health Organization 2017 Human papillomavirus vaccines: WHO position paper, May 2017 Weekly epidemiological record 92(19) 241-268
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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2018年5月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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