159: エリスロクルオリン(Erythrocruorin)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
みみずのエリスロクルオリン(PDB:2gtl)

ヘモグロビン(hemoglobin)は様々な形や大きなのものがある。私たちの血液中にあるヘモグロビンは4つの鎖で構成されていて、肺(lung)から身体中の各細胞に酸素を運んでいる。また鎖1本のヘモグロビンを作って、酸素の影響を受けやすい窒素固定細菌を酸素から守るのを助けている植物もいるが、この分子は私たちの筋肉細胞に酸素を貯蔵している1本鎖のミオグロビン(myoglobin)と似ている。細菌の中にもこの簡易型ヘモグロビンを作っているものがいて、酸素やその他小分子の管理を助けている。一方、みみず(earthworm)は巨大なヘモグロビンをつくるチャンピオンと言えるだろう。みみずやその他数種類の無脊椎動物は酸素を運ぶために、エリスロクルオリン(erythrocruorin)と呼ばれる巨大なヘモグロビン複合体を作っている。

巨大なヘモグロビン

みみずが作るエリスロクルオリンは巨大である。ここに示すのは144本のグロビン鎖でできたPDBエントリー 2gtl の構造で、それぞれの鎖は酸素を運ぶためのヘム基(heme group)を持っている。このグロビン鎖(ピンクと紫で示す部分)には似た鎖が4種類あって、各種36本ずつある。これは私たちのヘモグロビンが、少ししか違いのないα鎖とβ鎖の2種類からできているのと似ている。エリスロクルオリンには更に36個の結合タンパク質(linker protein、青と緑で示す部分)があって、これがグロビン鎖をつなぎ合わせて一つの大きな複合体を作っている。

なぜこんなに大きいのか?

なぜみみずのエリスロクルオリンはこんなに大きいのだろうか? それにはいくつかの機能上の理由が考えられる。まず、エリスロクルオリンは私たちが持つヘモグロビンのように血液細胞の中へ安全に包まれているのではないことが挙げられる。みみずの場合、血管系を流れる液体中を自由に浮遊している。分子のサイズが大きいことはヘモグロビンの漏れ出しを抑える助けになるだろう。また、この複合体は私たちのヘモグロビンに比べサブユニット間の相互作用を行う機会が多く、酸素との結合や解離においてより強く協力し合う。更に、このような巨大複合体の構築は、たくさんある機能部位をひとまとめにする一つの方法となることが挙げられる。この方法は、機能部位の密度を高い状態に保ちつつ、溶液の粘度も扱いやすい状態で維持することを助けてくれる。

形と機能

上:みみずのエリスロクルオリン()、左下:チューブワームのヘモグロビン(PDB:1yhu)、右下:ヒトのヘモグロビン(PDB:2hhb)

上図には、みみずが持つ巨大なエリスロクルオリン(上)とそれより小さなヒトのヘモグロビン(右下、PDBエントリー 2hhb)を示す。どちらも主として酸素の輸送に用いられる。左下に示す巨大なヘモグロビン(PDBエントリー 1yhu)は熱水噴出口孔付近に生息するチューブワーム(tubeworm、ハオリムシ)が作っているもので、ヒトのものより複合した機能を持っている。チューブワームは硫化物を酸化してエネルギーを生成する細菌を体内に共生させている。チューブワームのヘモグロビンは自身のために酸素を運ぶよう進化したが、同時に共生細菌のために硫化物も運ぶようになった。

構造をみる

エリスロクルオリン(PDB:2gtl)

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エリスロクルオリンと巨大なヘモグロビンの構造から、この両者は似た階層構造に基づき作られていることが明らかになった。基本単位は12本のヘモグロビン鎖でできていて、これが2つずつ結合して6つの2量体となり、更にこれらが集まって3回対称の形をした中空の殻構造となる。チューブワームのヘモグロビンでは、この基本単位が2つ集まって球形の複合体を作っている。より大きなみみずのエリスロクルオリンでは、3本の結合鎖が基本単位の間に挿入されている。この結合鎖には長いらせん状部分と球状の頭部があり、前者は集まって3量体を形成し、後者は12本のグロビン鎖を束ねている。このグロビン鎖12本と結合鎖3本とで構成される機能的集合体はプロトマー(protomer)と呼ばれている。そして複合体全体はこのプロトマー12個で構成されている。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えると、より詳しくこのプロトマーをみて、多くのジスルフィド結合(disulfide bond)が集合を助けていることを確認することができる。

理解を深めるためのトピックス

  1. 巨大ヘモグロビン中のグロビン鎖は、私たちが持つヘモグロビンやミオグロビンのものとよく似ています。PDBjのGASHRASH、RCSBのCompare Structuresなどの構造比較ツールを使って、この両者の構造を比較することができます。
  2. エリスロクルオリン、あるいは軟体動物(mollusk)、棘皮動物(echinoderm)、条虫(segmented worm)など多くの生物が持つエリスロクルオリンより小さなヘモグロビンにおいて、形成されるサブユニット間での相互作用は、私たちの持つヘモグロビンのものとはかなり異なっています。構造を比較して、無脊椎動物が持つヘモグロビンの場合、しばしば近くにある隣りの鎖の中にあるヘムと結合していることに注目してみてください。

参考文献

代表的な構造

2gtl: エリスロクルオリン
エリスロクルオリンは巨大なヘモグロビンで、ある種の虫が持つ血リンパ(hemolymph)で見られる。この複合体は144本のグロビン鎖が36本の結合鎖によって束ねられている。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2013年3月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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