ミオグロビン (Myoglobin) | 今月の分子

1: ミオグロビン（Myoglobin）

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤高裕（PDBj）

最初のタンパク質の構造

いかなるタンパク質の構造に関する議論もミオグロビン（myoglobin）から始めない訳にはいかない。なぜなら、タンパク質構造科学は実際にミオグロビンから始まったのだから。ジョン・ケンドリュー（John Kendrew）と彼の共同研究者たちは長年の困難な研究の末にミオグロビンの原子構造を決定し、これによってタンパク質を生物学的に理解する時代の基礎を作った。その最初に見えたタンパク質の構造はPDBエントリー 1mbnで見ることができる。この分子をよく見るか、もしくはPDBエントリー 1mbnの情報を直接見て欲しい。1960年にこのような美しく複雑なタンパク質の構造が解かれていたことに驚かされることだろう。

ミオグロビンとクジラの筋肉

ミオグロビンは小さくて利口な赤いタンパク質である。筋肉細胞（muscle cell）で非常によく見られ、主にこれによって肉は赤い色になっている。ミオグロビンの仕事は、酸素を貯蔵し筋肉が激しい仕事をした時使えるようにしておくことである。ジョン・ケンドリューのPDBファイルを見れば、このミオグロビンはマッコウクジラ（sperm whale）の筋肉から得られたことに気づくだろう。想像の通り、海のクジラやイルカ（dolphin）はミオグロビンを非常に必要としている。それによって深海に潜る際に使う予備の酸素を蓄えることができる。

詳細に見る

ジョン・ケンドリューが解いた元々のミオグロビンの構造はPDBエントリー 1mbnに登録されている。この構造には１本のタンパク質鎖、１個のヘム基（heme group）、ヘム鉄のそばにある１個の水分子、そして硫酸イオン（sulfate ion）が含まれる。硫酸イオンは無視して欲しい。単にくっついてきただけのものだから。この構造においていくつか見るべきところがある。タンパク質鎖は短い環でつなげられたばね形のαらせん（alpha-helix）でできている。この鎖は平らなヘム基を取り囲んでいる。ヘム基の中央には鉄原子（iron atom）があって、４つの青い窒素原子に囲まれているのが見える。この構造のファイルには鉄に結合した酸素はないが、水分子が鉄の上に赤い球で示されている（ファイルには水素原子は含まれていないので、「H₂O」の「O」だけしか見ることができない）。

ミオグロビンに結合した酸素

酸素と結合したミオグロビン（PDB:1mbo）タンパク質鎖は主鎖だけを線で表現、ヘムと酸素を各原子を球で表現したもの。

後に解かれたミオグロビンの構造（PDBエントリー 1mbo）では酸素の位置が示されている。ヘム基中心にある鉄原子は酸素分子を強く捕らえる。左に示した上下２つの図を見比べて欲しい。上の図はタンパク質鎖を細い管だけで示しており、酸素を容易に見ることができる。一方、下の図は全ての原子を示してあり、酸素はタンパク質の中に埋まって見えなくなっている。

もし酸素が完全にタンパク質によって囲まれているなら、どうやって出入りするのだろうか？実際には、ミオグロビン（他のタンパク質全てについても言えることだが）常に動いていて、小さく収縮したり、息をしたりする動きをしている。タンパク質が常に開いたり閉じたりしていることによって、酸素は出入りすることができる。PDBに登録されている構造は、タンパク質が堅く閉じられた状態を捕らえた１つのスナップショットに過ぎない。そのため、PDBに登録されている動きのない構造を見て、実際自然界に存在する動的な構造を想像しなければならない。

構造の表示方法を切り替えて左図に示したのような２種類の図を自分でも表示し、酸素が構造の中に埋まっていることの確認に挑戦して欲しい。上図はタンパク質鎖のみを主鎖表現（backbone）で、下図は全体を各原子を球で表現（spacefill）（spacefill）で表示している。