158: プロトン開閉型尿素チャネル(Proton-Gated Urea Channel)
胃の中の酸は、食べ物の消化を助けるだけでなく細菌による感染から守る役割も持っている。しかし細菌の一種である「ヘリコバクター・ピロリ」(Helicobacter pylori、通称ピロリ菌)は胃の中の酸性環境下でも生きることができる。ピロリ菌感染は最もよくある細菌感染の一つで、世界中の人の約半数が感染している。この細菌は胃に継続的な炎症を起こし、これが場合によっては胃潰瘍(stomach ulcer、gastric ulcer)や胃がん(stomach cancer)を引き起こしてしまう。
酸と塩基
だが意外なことに、ピロリ菌は尿素(urea)がないと酸性条件下では生き延びることができない。そのためピロリ菌を酸性条件下で培養するには尿素も一緒に与えておく必要がある。胃液中には低濃度で尿素が含まれているので、ピロリ菌は胃の中にいる時この尿素を利用して細胞に侵入してくるあらゆる酸を中和している。この中和過程では2種類のタンパク質が協力して働く。まず、酸性条件下ではプロトン開閉型尿素チャネル(proton-gated urea channel、ここに示すのはPDBエントリー 3ux4 由来の構造)が開いて、尿素が細胞内に入れるようににする。次に細胞内に入った尿素は、ウレアーゼ(urease、後述)によって二酸化炭素(carbon dioxide)とアンモニウムイオン(ammonium ion)に分解される。ここでできたアンモニウムイオンが酸を中和する。
チャネルの開閉
プロトン開閉型尿素チャネルはpHがおよそ5.5から6.5辺りを下回ると開く。このチャネルは同一のサブユニット6個で構成されていて、それぞれのサブユニットには中央を貫通しているチャネルがある。この結晶構造には脂質の栓(緑色の部分)も捕らえられていて、これが6つのサブユニットが作る環の中央にできる穴をふさいでいる。これにより、細胞膜全体の中でこのチャネルが唯一の尿素が通れる場所となるようにしている。
ウレアーゼ
ピロリ菌はこのチャネルだけでなく、大量のウレアーゼも作っていて、その量は細胞内総タンパク質量の10〜15%にも達する。このウレアーゼ(ここに示すのはPDBエントリー 1e9y 由来の構造)は、2種類のサブユニットが12個ずつ集まって複合体を形成している大きな酵素である。この複合体には活性部位が全部で12個あり、各活性部位には2つずつニッケルイオンが使われている。このイオンが酵素の尿素分解能力を高めている。
構造をみる
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現在、ピロリ菌による感染に対抗するのは容易ではなく、胃酸の分泌を抑える薬(acid-blocking drug、proton-pump inhibitor)と抗生物質(antibiotics)が必要となる。そして、ピロリ菌由来のこれら酵素の分子構造情報を用いて、感染に対抗するための新たな薬の開発が行われている。薬の作用対象として重要な候補となるのがこのプロトン開閉型尿素チャネルである。なぜならこのチャネルはピロリ菌特有のものだからである。画像下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えて分子をより詳しくみると、分子構造の特徴が酸の検知と尿素の取り込みにどう関わっているかがよりよく分かるだろう。
理解を深めるためのトピックス
- 酸検知タンパク質(PDBエントリー 3ub7)など他にもピロリ菌由来のタンパク質がPDBに登録されていて、分子構造をみることができます。
- 尿素輸送体の構造もいくつかPDBに登録されています。その中には私たちの腎臓(kidney)にあるものと似た構造を持つものもあります。
参考文献
- 493 Structure of the proton-gated urea channel from the gastric pathogen Helicobacter pylori. Nature 493 255-258
- 2003 The gastric biology of Helicobacter pylori. Annual Review of Physiology 65 349-369
- 2002 Helicobacter pylori infection. New England Journal of Medicine 347 1175-1186
- 2001 Sites of pH regulation of the urea channel of Helicobacter pylori. Molecular Microbiology 40 1249-1259