141: O-GlcNAc転移酵素(O-GlcNAc Transferase)
細胞は自身が持つタンパク質を制御するための様々な手段を備えていて、必要な時に必要な場所で仕事ができるようにしている。あるタンパク質の作用は、ユビキチン/プロテアソーム系(ubiquitin/proteasome system)によって行われる、要らなくなったタンパク質の連続的な分解のように容赦なく不可逆的である。一方、アロステリックな動きによる酵素機能調整(活性部位とは別の場所に結合することで行われる活性制御)のようにずっと微妙で細胞で時々刻々生じる要求に応じるものもある。いずれの場合も、化学基をタンパク質中のアミノ酸に付加して、機能を調節するという方法がよく用いられる。よく知られた例として、信号伝達タンパク質のON/OFFに広く用いられているリン酸基がある。この制御は様々なキナーゼ(kinase、リン酸基転移酵素)やホスファターゼ(phosphatase、加リン酸分解酵素)がリン酸基の付加や除去が行うことで実現されている。
ただ糖を追加するだけ
糖のN-アセチルグルコサミン(N-acetylglucosamine、GlcNAc)もタンパク質の機能制御に広く用いられている分子である。この分子はアミノ酸のセリン(serine)またはスレオニン(threonine)に付加されるが、この位置はリン酸基による修飾部位と同じであることがよくある。しかしリン酸基による制御とは異なり、GlcNACはたった1種類の信号伝達酵素「O-GlcNAc転移酵素」(O-GlcNAc transferase、O結合型β-N-アセチルグルコサミン転移酵素)によって何百種類ものタンパク質に付加される。ここに示したのはそのうちの一つで、PDBエントリー 3pe4、1w3bの構造である。
養分検知器
この酵素は、運搬分子であるUDP-GlcNAcから他の分子へと糖を転移する。GlcNAcはブドウ糖(glucose)に修飾を加えた分子で、UDP-GlcNAcの濃度は細胞内で利用可能なブドウ糖の濃度を反映している。実際には、ブドウ糖全体の2〜5%がUDP-GlcNAcを作るのに使われている。この関係を利用することで、O-GlcNAc転移酵素はブドウ糖検知器として働き、血糖値が上昇した時にはGlcNAcでタンパク質を修飾して、インスリン(insulin)に似た信号伝達やブドウ糖代謝に関係する遺伝子の転写の過程を活性化する。
糖の転移
O-GlcNAc転移酵素はいくつかの機能部位が合わさって仕事を行っている。下部にある長いコルク抜きのような形をした部分は、恐らくいくつかの補助タンパク質の助けを借りて修飾対象となるタンパク質を認識する。上部にある触媒ドメインは対象タンパク質にあるセリンアミノ酸とUDP-GlcNACを並べ、糖を転移する。PDBエントリー 3pe4 の構造には修飾対象となるタンパク質由来の短いペプチド(緑色の部分)とUDP(赤色の部分、ほとんどペプチドの背後に隠れてしまっている)を含んでいる。
糖の除去
もちろんO-GlcNAc転移酵素の作用とは逆に、糖を除去して修飾されていないタンパク質の機能を回復させる酵素も必要である。修飾されたタンパク質から糖を取り除くこの仕事を行うのは「O-GlcNAcアーゼ」(O-GlcNAcase)である。ここに示した酵素(PDBエントリー 2cbj)は細菌由来の酵素であるが、私たちの細胞内でこの作用を行っている酵素もこれに似たものである。
構造をみる
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3つの異なる構造をつなげることで、O-GlcNAc転移酵素が行う反応を見ることができる。PDBエントリー 3pe4 には触媒ドメインおよびタンパク質認識ドメインの一部が、1w3b にはタンパク質認識ドメインの大半が含まれている。幸い、この両者には少し重なっている部分があるため、重ね合わせを行ってタンパク質全体を想定できる。またPDBエントリー 3pe4 の構造ではペプチドとUDPが活性部位に結合している。糖がUDP-GlcNAcのどこに結合しているかを見るには、PDBエントリー 2jlb (細菌由来酵素)の構造を見るといいだろう。なお、上図下にあるボタンで対話的操作のできる画像に切り替え、3つの構造を見比べることができる。
理解を深めるためのトピックス
参考文献
- 2007 Cycling of O-linked beta-N-acetylglucosamine on nucleocytoplasmic proteins. Nature 446 1017-1022
- 2011 O-GlcNAc transfer: size matters. Nature Chemical Biology 7 134-135