82: シトクロムp450(Cytochrome p450)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
シトクロムp450の一種CYP3A4とそれに含まれるヘム(赤)(上:PDB:1w0e、下:PDB:2j0d、抗生物質のエリスロマイシン(青)も結合している)

頭痛がして痛み止めの薬を飲むと、薬の効果は数時間もすると薄れていくのに気づくだろう。これは、体内に強力な解毒機構があって、薬のような異物を見つけると身体から排出してしまうために起こる現象である。この解毒機構は私たちが食べたり呼吸したりして取り込まれたあらゆる種類の不快な化学物質〜薬、植物の有毒物質、調理でできた発がん物質、環境汚染物質など〜と戦っている。シトクロムp450酵素は、この化学的な戦いにおける最初の防衛線となる酵素である。

酸素の付加

シトクロムp450酵素は見慣れない分子を見つけ出して酸素を付加する。多くの場合、この作用によって分子はより水に溶けやすくなり、身体から排出しやすくなる。毒性分子に付加された酸素は、他の解毒酵素がすぐに使えるハンドルとなり、これを土台にして更に修正が行われ、破壊される。この酸素を付加する仕事は化学的に扱いにくく、シトクロムp450酵素はこの反応を行うのに強力な分子の道具〜ヘム基(heme group)の鉄原子〜を使う(詳細は後述)。

どこにでもある p450

シトクロムp450酵素はあらゆる生物で見られる。各生物は何種類かの酵素を作り、それぞれが異なる分子を選んで作用する。通常、細菌は約20種類の、私たちは約60種類のシトクロムp450酵素を作る。植物は何百種類ものシトクロムp450酵素を作っていることが多い。これは植物が自分自身を守るために独特の色素と変わった毒素を作るからである。反応の多くはこれらの分子を作るのに必要で、特化したシトクロムp450酵素によって行われる。なお、遺伝的視点から見たシトクロムp450に関する追加情報を欧州バイオインフォマティクス研究所(EBI)の「今月のタンパク質」で見ることができる。

両刃の剣

ここに示した分子はCYP3A4(PDBエントリー 1w0e、PDBエントリー 2j0d)で、体内の薬剤無毒化において重要な役割を果たすシトクロムp450である。この酵素は既知の薬の約半数に作用すると考えられている。例えば、この分子は抗生物質のエリスロマイシン(右図下の青い分子)に修飾を加える。また、コデイン(codeine、麻薬性鎮咳薬)、ジアゼパム(diazepam、米国での商品名はバリウム Valium、日本での商品名はセルシン、ホリゾン、抗不安薬)、パクリタキセル(paclitaxel、商品名タキソール Taxol、抗がん剤)、および抗エイズ薬(anti-HIV drug)などさまざまな薬に対しても無毒化作用を行う。

ところが場合によって、シトクロムp450によって行われる反応は有用というよりむしろ有害となりうる。例えば、CYP3A4はアセトアミノフェン(アセトアミノフェン、商品名タイレノール Tylenol、解熱鎮痛薬)を過剰に摂取した時の毒性に関する部分的原因となっている。改変されたアセトアミノフェンは危険なぐらい反応性が高いが、通常は他の解毒酵素によって速やかに排出される。しかし過剰に摂取すると、反応性の高い中間体が危険な水準にまで増えてしまう。

処方箋とp450

医師は投薬指示を行う際、シトクロムp450酵素のことを忘れないよう注意しなければならない。例えば、処方箋にこのような警告を見るかもしれない。「薬を飲む時、グレープフルーツジュースで飲まないでください。」グレープフルーツにはシトクロムp450酵素の働きを阻害するフラビノール(flavinol)分子を含んでいる。フラビノールが薬剤の解毒化を遅らせ、医師の予想よりも薬の効果が強まることになるかもしれない。

合成の魔法使い

左:ステロール合成を行う結核菌のシトクロムp450(PDB:1ea1) 右:コレステロールの合成を行うシトクロムp450(PDB:1e6e)

シトクロムp450酵素は、通常の細胞構成物の合成でも欠かすことのできない様々な役割を果たしている。例えば、特別なシトクロムp450酵素が、信号伝達に関わるステロイド、ビタミンAとD、脂肪様のエイコサノイドといった分子を構築する化学反応段階を行うよう作られている。図の左に示した酵素は菌類のシトクロムp450(PDBエントリー 1ea1)でステロール合成の一段階を行う。私たちの細胞にあるこれに似た酵素がコレステロールの合成に必要である。図の右に示した酵素複合体(PDBエントリー 1e6e)はこの反応に必要な電子を提供する。

構造を見る

樟脳に酸素を付加するシトクロムp450cam(左:反応前、PDB:3cpp 右:反応後、PDB:1noo)

最もよく研究されているシトクロムp450酵素は細菌の酵素で、樟脳(camphor)に酸素を付加するものである。ここに示した2例の酵素は、シトクロムp450camと呼ばれる。左に示したのは、樟脳と一酸化炭素が活性部位に結合したPDBエントリー 3cppの構造である。一酸化炭素はこの酵素にとって有毒な阻害剤である。一酸化炭素は酸素ガスと同じ場所で鉄(ヘムの中央にある大きな黄色い球)と結合する。鉄の下にあるシステインアミノ酸が鉄を活性化する。右に示したのはPDBエントリー 1nooの構造で、反応後の樟脳を示している。樟脳に酸素分子が付加されて、他の酸素原子が水分子から取り除かれている。PDBを見ると、シトクロムp450camの構造が何十個も見つけることができる。小さな活性部位にさまざまな分子が結合し、反応の様々な段階が示されているのが分かる。

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シトクロムp450についてさらに知りたい方へ

当記事を作成するに当たって用いた参考文献を以下に示します。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2006年10月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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