227: テロメラーゼ(Telomerase)
私たちの細胞は「私たちが持つDNA複製機械はDNA鎖の一番端までコピーすることはできない」という難しい問題と向き合わなくてはならない。細菌の場合、「染色体を環状にしてこの問題を起こす末端そのものをなくす」という簡単な方法で解決している。一方、複雑な真核生物の細胞は、遺伝情報を直鎖状のDNA鎖に保持している。こうしているのは、恐らく減数分裂のときに遺伝子の組み換えをしやすくするためだと考えられている。そこで細胞分裂の度に染色体が短くならないようにするための特別なしくみが必要になる。
末端を守る
私たちの染色体の末端はテロメア(telomere)と呼ばれるDNAとタンパク質でできた独特な構造で保護されている。テロメアのDNAは TTAGGG の短い配列が約1000回繰り返されたものが含まれている。この繰り返し区間のほとんどは相補的なDNA鎖と組みになって通常の二重らせんをつくっているが、末端にある数百個のヌクレオチドは一本鎖になっている。この部分は折り返して輪になり、二重鎖領域と相互作用すると考えられている。このテロメアDNAを覆って保護しているタンパク質は何種類かあるが、これらをまとめてシェルタリン(shelterin)と呼んでいる。
6塩基の追加を繰り返す
繰り返しのあるテロメアには短くなった末端を修復する解決策がある。テロメアが短くなり過ぎると、細胞はテロメラーゼ(telomerase)を使って新たな繰り返しをつくるのである。ここに示すテロメラーゼの構造はPDBエントリー6d6vのもので、テロメアリピート(テロメアの繰り返し)の鋳型と、染色体の末端に繰り返しをつくる酵素を含む分子機械の一つである。鋳型は短いRNA鎖(TER)にコードされていて、テロメラーゼ複合体の残りの部分と相互作用する非コード領域も含まれる。テロメラーゼの酵素はこれに特化した逆転写酵素(TERT)で、このRNA鋳型を使いテロメアDNAをつくり出す。その他のタンパク質はこの過程を助ける働きをしていて、必要なときにテロメラーゼをテロメアへと運び、多くの繰り返し配列を連続して追加できるようにテロメアDNAを固定する。
テロメラーゼとがん
テロメラーゼは胎児が発達する間、細胞分裂が何度も行われて完全な体をつくるときに最も活発に働く。その後、ほとんどの細胞での活性はずっと下がり、テロメアは歳とともにだんだん短くなっていく。しかしテロメラーゼが正しく制御されないと深刻な問題を起こすことがある。例えば、がん細胞はテロメラーゼの産生を増やす変異を持っていることが非常に多い。こうするとテロメアを維持し、速やかに細胞分裂を行って腫瘍をつくることができる。
四重鎖
構造生物学者は、グアニンが多いテロメアの配列が珍しい構造をとることを発見した。その構造とは、4つのグアニンが一緒になって四重鎖構造をつくるというものである。PDBエントリー143dの構造で見られるように、4つのテロメアリピートを持つDNA鎖は、グアニン四重鎖(G-quadruplex)を中に詰め込んだかたくて小さな結び目をつくることができる。
構造をみる
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テロメラーゼは非常に活動的な複合体で研究することが難しかった。テロメラーゼの中心にある触媒作用を行う部位の構造は、クライオ電子線トモグラフィー法を利用して決定された。この際、修飾を加えたDNAヌクレオチドで構造を安定な状態に固定したことで観測ができるようになった。この構造には鋳型RNA(ピンク色)、逆転写酵素と関連タンパク質(ここには示していない)、DNAテロメアの末端にある短い断片(オレンジ色)が含まれている。このテロメアが持つ TTGGGG という配列は原生生物から得られたもので、私たちのテロメアとはわずかに違っている。図の下のボタンをクリックし対話的操作のできる図に切り替え、この構造をより詳しく見てみて欲しい。
理解を深めるためのトピックス
- レトロウイルス(retrovirus)も逆転写酵素を使ってRNAの鋳型からDNA塩基をつくり出します。例えば、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の逆転写酵素が活動する様子をPDBエントリー2hmiで見ることができます。
- グアニン四重鎖は4つの鎖の配置によっていくつもの型が観察されています。PDBjのウェブサイトでquadruplexを検索してみてください。