175: 微小管(Microtubules)
微小管(microtubule)は細胞の中にあるレールである。これは大きくて丈夫な線維でできており、細胞質中に張りめぐらされている。2種類のタンパク質モーター〜キネシン(kinesin)とダイニン(dynein)〜の動きを支え、移動経路を提供している。これらのモーターは小さな小胞からミトコンドリア全体に至るまで様々な種類の荷物を細胞中で引っ張っている。また細胞分裂の過程でも中心的な役割を果たしていて、複製された染色体を2つの娘細胞に分ける。
チューブリンでできたチューブ
微小管は、タンパク質のチューブリン(tubulin)が筒状になった殻でできている。このチューブリンは、それぞれα型、β型と呼ばれる2種類の形状をとることができ、その両方が結合して強固な2量体を形成する。それらが並んで積み重なり筒状の管を作る。初めてPDBに登録されたチューブリンの構造(PDBエントリー 1tub、ここには図示していない)は、平らな板状のチューブリンに対し電子線結晶学の手法を用いて解かれたものである。ここに示す構造(PDBエントリー 3j2u)は、チューブリン2量体の結晶構造を用い、電子顕微鏡による情報を加えて線維全体(キネシンも伴った複合体)を再構築したものである。ここに示しているのは線維のごく一部だが、実際細胞内にある微小管はもっと長く何千個ものサブユニットで構成されている。
動的不安定性
微小管は常に伸長と収縮を繰り返している。この過程は動的不安定性(dynamic instability)と呼ばれており、チューブリンのβサブユニットに結合するGTP分子によって制御されている。遊離状態のチューブリン2量体にはGTPが結合しており、これが伸長中の線維に付加されると安定な複合体を形成する。しかしその後、GTPが分解されてGDPになると、GDP結合型チューブリンは線維内での安定性が低下する。もしGDP結合型チューブリンが線維の末端にあると、分解過程が始まる。しかし、新たなGTP結合型チューブリンが収縮中の末端に結合すると、微小管の収縮は止まって再び伸長を始める。
チューブリンを助ける
多様なタンパク質が様々な架橋因子(linker)、重合核形成因子(nucleator)、制御因子(regulator)を作り、微小管が行う様々な仕事を手助けしている。上図に赤紫色で示すのは、微小管を不安定化させるタンパク質スタスミン(stathmin、PDBエントリー 1ffx)である。スタスミンはチューブリンを構成する2つの2量体に結合し、2量体を閉じ込めて集まるのを妨げたり、既存の微小管が分解するのを促したりする。これは科学者に大変重宝されてきた。チューブリンは結晶学的に研究するのが難しかった。なぜなら通常は結晶を作らず微小管を作っていたからである。一方、スタスミンとの複合体は結晶化でき、原子構造を決定するのに用いることができた。
構造をみる
対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。
微小管は細胞分裂において中心的な役割を担っているので、多くの毒素や薬の対象となっている。例えばある抗がん剤は、微小管が持つ通常の動作を妨げ、がん細胞が悪意を持って急速に成長するのを妨げることで効果を発揮する。微小管の作用を妨げる3種類の分子をここに示す(PDBエントリー 1z2b、1jff)。いずれも植物で作られるものである。コルヒチン(colchicine)とビンブラスチン(vinblastine)は微小管が集まるのを妨げる。抗がん剤のパクリタキセル(paclitaxel、商品名 タキソール Taxol)は集まるのを促すが、大変強く結合するので事実上分解できなくなる。上図下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、これらの構造をより詳しく見てみて欲しい。
理解を深めるためのトピックス
- スタスミンを使うことにより、様々な阻害剤と結合したチューブリンの構造が決定できるようになりました。RCSB PDBのリガンドエクスプローラ(Ligand Explorer、個別PDBエントリーのSummaryページ右の画像をAsymmetric Unixに切り替えるとその下にリンクがあります)を使うと、これらの阻害剤とどのように結合しているのかを見ることができます。
- PDBエントリー 3j2u の構造は、微小管の周囲をリング状のキネシンがとり囲み、更にその外側を2重目のチューブリンが取り囲んだもので、巨大なバネ型の中空構造を持つ複合体となっています。外側の殻に当たるチューブリンは、微小管が分解する際、どのようにチューブリンが曲がるのかを示すモデルとして用いられてきました。
参考文献
- 3j2u 2013 Structural model for tubulin recognition and deformation by kinesin-13 microtubule depolymerases. Cell Reports 3 759-768 10.1016/j.celrep.2013.01.030
- 2011 What tubulin drugs tell us about microtubule structure and dynamics. Seminars in Cell & Developmental Biology 22 916-926 10.1016/j.semcdb.2011.09.014
- 2009 On and around microtubules: an overview. Molecular Biotechnology 43 177-191 10.1007/s12033-009-9193-5
- 1z2b 2005 Structural basis for the regulation of tubulin by vinblastine. Nature 435 519-522 10.1038/nature03566
- 1jff 2001 Refined structure of alpha beta-tubulin at 3.5 A resolution. Journal of Molecular Biology 313 1045-1057 10.1006/jmbi.2001.5077
- 1ffx 2000 The 4 A structure of a tubulin:stathmin-like domain complex. Cell 102 809-816 10.1016/S0092-8674(00)00069-6
代表的な構造
- 3j2u: 微小管とキネシン
- 微小管は細胞骨格の中で最も大きな線維で、モータータンパク質が動く経路を提供したり、細胞分裂の際に染色体を分離したりする。この複合体は、微小管がキネシンに囲まれ、それが更に別のチューブリンによって囲まれたものである。
- 1jff: チューブリンとパクリタキセル
- 微小管は細胞骨格の中で最も大きな線維で、モータータンパク質が動く経路を提供したり、細胞分裂の際に染色体を分離したりする。この構造は、チューブリンに抗がん剤のパクリタキセル(タキソール)が結合したものである。
- 1z2b: チューブリン、スタスミン、コルヒチン、ビンブラスチン
- 微小管は細胞骨格の中で最も大きな線維で、モータータンパク質が動く経路を提供したり、細胞分裂の際に染色体を分離したりする。この構造は、2つのチューブリン2量体に微小管を分解するスタスミンタンパク質と植物由来で微小管の伸長を妨げる2つの毒素が結合したものである。