171: 神経伝達物質輸送体(Neurotransmitter Transporters)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
神経伝達物質輸送体の一つ、ドーパミン輸送体(PDB:4m48)

神経細胞(nerve cell)は2種類の方法を使って他の神経細胞とやりとりをしている。一つは、電気信号を直接隣の神経細胞に送るというやり方で、これは非常に速く伝わる。だが、ほとんどの神経細胞は情報を他に伝えるのに化学的な信号を使っている。小さな神経伝達分子を放出し、これが隣接する細胞にある受容体によって認識されることで信号が伝わる。神経伝達物質(neurotransmitter)を使うこのやり方には2つの重要な利点がある。一つは、何千個もの分子が放出されるので信号が増幅されるということ、もう一つは、様々な種類の神経伝達物質が使われるので様々な種類の信号を織り込むことができるということである。

メッセージを終わらせる

神経伝達物質が情報を伝え終えると、それらを一掃して次の信号が放出できるよう準備を整えておく必要がある。この仕事は神経伝達物質輸送体(neurotransmitter transporter)が行う。これは神経細胞およびこれに関連する細胞の細胞膜で見られ、隣接する神経細胞の間にある狭いシナプス間隙(synaptic cleft)から神経伝達物質を運び出す。この動作を推し進めるためのエネルギーは、同時にナトリウムイオン(sodium ion)と塩化物イオン(chloride ion)を輸送することによって得られる。ここに示す輸送体(PDBエントリー 4m48)は神経伝達物質の一種ドーパミン(dopamine)を運ぶ。

メッセージを引き延ばす

この輸送体は神経輸送に関して中心的に関わっているので、思考や情緒に作用する薬の標的になる。輸送体の作用を妨げる薬は、神経伝達物質を通常より長くシナプスに留まらせる。抗うつ薬(図中の黄色で示した分子)は、ドーパミン輸送体を阻害することによりこの効果を得られるようにしている。コカインなどの薬物乱用に対する治療薬も、このような輸送体の作用を阻害する。

細菌の輸送体

細菌のアスパラギン酸輸送体(PDB:2nwx)

神経伝達物質輸送体はX線結晶解析によって構造を解くことは難しいとされてきたが、非常に似た機能を持つ細菌の輸送体についてはいくつか構造が得られている。細菌の輸送体は神経伝達物質と似た栄養分子を細菌細胞内に取り込むが、同時にナトリウムイオンも輸送することにより動力を得ている。ここに示す構造(PDBエントリー 2nwx)はそのような輸送体の一つで、アスパラギン酸を輸送する。これは私たちの脳内にある興奮性シナプスのほとんどで見られるグルタミン酸輸送体の類似タンパク質である。

構造をみる

ドーパミン輸送に関係する細菌の輸送体(左:細胞の外側に開いている構造 PDB:3tt1、中央:輸送途中の状態で中に輸送分子といくつかのイオンが入っている構造 PDB:3f3e、右:細胞の内側に開いている構造 PDB:3tt3)

表示方式: 静止画像

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よく研究されていて、ドーパミン輸送に関係している別の輸送体によって、分子の輸送サイクル中いくつかの段階が明らかになった。ここには3つの構造を示す。1つは細胞の外側に向いて開いている構造、1つは輸送途中の状態で中に輸送分子といくつかのイオンが入っている構造、もう1つは細胞の内側に向いて開いている構造である(それぞれPDBエントリー 3tt13f3e3tt3)。明るい青緑色で示したαらせんが中央のトンネルを作り、これが特有の取り込み・くみ出し作業を行っている。画像したのボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、このタンパク質の働く様子を示したアニメーションを見てみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. RCSB PDBのリガンドエクスプローラ(Ligand Explorer)を使うと、輸送体と輸送対象分子との間に特有な相互作用について見ることができます。例:PDBエントリー2nwxの輸送部位にアスパラギン酸が結合したもの
  2. ドーパミン輸送体の機能はコレステロールによって調整されています。コレステロールがどのように結合するのかを、PDBエントリー 4m48 で見ることができます。

参考文献

  1. P. J. Focke, X. Wang & H. P. Larsson 2013 Neurotransmitter transporters: structure meets function. Structure 21 694-705 10.1016/j.str.2013.03.002
  2. 4m48 A. Penmatsa, K. H. Wang & E. Gouaux 2013 X-ray structure of dopamine transporter elucidates antidepressant mechanism. Nature 503 85-89 10.1038/nature12533
  3. 3tt13tt3 H. Krishnamurthy & E. Gouaux 2012 X-ray structures of LeuT in substrate-free outward-open and apo inward-open states. Nature 481 469-474 10.1038/nature10737
  4. 3f3e S. K. Singh, C. L. Piscitelli, A. Yamashita & E. Gouaux 2008 A competitive inhibitor traps LeuT in an open-to-out conformation. Science 322 1655-1661 10.1126/science.1166777
  5. 2nwx O. Boudker, R. M. Ryan, D. Yernool, K. Shimamoto & E. Gouaux 2007 Coupling substrate and ion binding to extracellular gate of a sodium-dependent aspartate transporter. Nature 445 387-393 10.1038/nature05455

代表的な構造

4m48: ドーパミン輸送体
ドーパミン輸送体は神経伝達物質の一種「ドーパミン」を神経シナプスから取り除く。この構造には輸送部位に結合した三環系抗うつ薬(tricyclic antidepressant)の分子が含まれている。
2nwx: ナトリウム依存性アスパラギン酸輸送体GltPh
GltPhはアスパラギン酸を細菌細胞の内部へと輸送する。その動力は同時にナトリウムイオンを輸送することで得られる。これは神経シナプスから神経伝達物質を一掃することと関係するグルタミン酸輸送体に似ている。
3f3e: ロイシン輸送体LeuT
LeuTはアミノ酸のロイシン(leucine)を細菌細胞内へと輸送する。その動力は同時にナトリウムイオンを輸送することで得られる。これは神経シナプスから神経伝達物質を一掃することと関係する輸送体に似ている。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2014年3月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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