139: DNAメチルトランスフェラーゼ(DNA Methyltransferase)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
DNAメチルトランスフェラーゼ(左:細胞分化時にメチル基を付加する DNMT3 PDB:2qrv、右:DNA複製時に新鎖へメチル基を付加する DNMT1 PDB:3pt6)

私たちの身体は皮膚細胞、神経細胞、骨細胞などさまざまな種類の細胞からできている。細胞はそれぞれ異なった形と大きさを持ち、細胞腫ごとに機能を果たす上で必要となるそれぞれに特有なタンパク質群を作っている。ところが、体内の各細胞には同じ遺伝情報がDNA鎖に収められている。各細胞はどのようにして使う遺伝子と無視する遺伝子を決めているのだろうか?

遺伝的なものと後成的なもの

DNA中の情報は単に遺伝的塩基配列だけで完結しているのではないことが明らかになっている。細胞は塩基配列情報の上に追加する形で制御を加えることで、特定の遺伝子を利用するかどうかを調整する「エピジェネティック」(epigenetic、後成的)な情報をつくり出している。この制御は、ヌクレオソーム(nucleosome)によって行われることもあれば、DNAの塩基がメチル化されてタンパク質合成時の塩基配列の読み取られ方が修正されることで行われることもある。

白紙状態

私たちが生命として生まれてくる最初の数分、まだ単一の細胞でできている時点において、このエピジェネティック情報は一掃された状態になっている。受精卵では、メチル基は全て除去されていて、遺伝子はどれも同じ非メチル化状態になっている。そして細胞が分裂して胎児になる時、それぞれ何をしようとしているのかを決めて、皮膚細胞、神経細胞、あるいは他の運命で定められた細胞になっていく必要がある。この時DNAメチルトランスフェラーゼ(DNA methyltransferase)が活動を始めて、ある遺伝子にはメチル基を付加してを働かなくし、他の遺伝子を活性化させる。右上図の左に示したDNAメチルトランスフェラーゼの一つDNMT3(PDBエントリー 2qrv)はこの重要な仕事を行っており、メチル基を用いてそれぞれの細胞に応じたエピジェネティック情報をゲノム全体につくり出している。

メチル化状態の維持

一旦細胞の運命が決まると、このエピジェネティックコードは生物の命ある限り維持され続けなければならない。細胞が分裂する時、エピジェネティック情報も含めた遺伝情報をそれぞれの新たな細胞に伝える必要がある。その仕事を行うのが右上図の右側に示したDNAメチルトランスフェラーゼ DMNT1(PDBエントリー 3pt6)である。この酵素はDNAを複製する際、新たに作られたDNA鎖の然るべき位置にメチル基を付加する。なおこの情報伝達は巧妙な方法で行われる。メチル基が付加される位置は、ほとんどが下記配列(CG塩基ステップ)中のシトシン(cytosine)塩基である。

---CG---

---GC---

両方の鎖にシトシンがあるため、DNA鎖のメチル化された領域では両方の鎖にメチル基がつくことに注目して欲しい。DNAが複製されると、新たにできたDNA二重らせんはそれぞれ、メチル化が済んだ古いDNA鎖とまだメチル化されていない新しいDNA鎖とを1本ずつ持つことになる。そのため、DNMT1 は一方の鎖しかメチル化されていないCG塩基ステップを探しさえすればよい。

制限的な細菌

細菌のDNAメチルトランスフェラーゼ(PDB:1mht)

細菌もDNAメチル化を利用するが、私たちとは異なり自身をウイルスから守るためにDNAメチル化を利用している。細菌は特定の配列でDNAを切断する制限酵素(restriction enzyme)を作る。また配列特異的なDNAメチルトランスフェラーゼも作り、この特定の配列をメチル化する。上図に示したのはその一例でPDBエントリー 1mht の構造である。メチル基は制限酵素の働きを妨げるが、メチル化された状態でも転写や複製の際に塩基を読み取ることができる。そして、制限酵素は細胞がウイルスに感染するまでは、何もすることなく細胞内をうろついているが、通常メチル基を持たないウイルス由来のDNAを見つけると素早く切り刻む。

構造をみる

左:DNAメチルトランスフェラーゼ DNMT1+両鎖ともメチル化されていないDNA鎖(PDB:3pt6)、右:細菌のDNAメチルトランスフェラーゼ Hha1(PDB:1mht、メチル化されるシトシン塩基が飛び出している)

表示方式: 静止画像

対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

DNAメチルトランスフェラーゼがどのようにして仕事をしているのかを説明する助けになる構造がいくつかある。PDBエントリー 3pt6 には DMNT1 と小さなDNA断片が含まれている。酵素はDNAを取り囲み、DNA塩基の末端を調べる。なおこの構造は、通常この酵素の基質とならないメチル基のないDNAを使って解かれたが、それでも酵素は、メチル化されていない両鎖の塩基を認識し、DNAを活性部位から遠ざけた状態を保持していることがこの構造から読み取れる。現在、片方の鎖だけメチル化されたDNAを持つ DNMT1 の構造はまだ解かれていないが、PDBエントリー 1mht の細菌DNAメチルトランスフェラーゼを見ると、どのように働くのかを想像することはできるだろう。DNAは活性部位の奥深くに結合しており、メチル化されようとしているシトシン塩基がDNA鎖から飛び出している。なお図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えると、これらの構造を拡大して見ることができる。

理解を深めるためのトピックス

  1. メチル化反応を行う際、メチル基は補因子の S-アデノシルメチオニン(S-adenosylmethionine、SAM)から提供されます。DNAメチルトランスフェラーゼの構造の多くは、活性部位に類似の補因子である S-アデノシルホモシステイン(S-adenosyl homocysteine)を伴った状態で解かれていますが、PDBエントリー 3av6 は DNMT1 に S-アデノシルメチオニン が結合した状態で解かれたものです。S-アデノシルメチオニンを使う他の酵素をPDBで見るけることができますか。またそれらは似た反応を行っているでしょうか?
  2. GASHRASHなど構造を重ね合わせて比較するツールで、DNMT酵素と細菌のメチラーゼの構造を比較してみてください。なお、どちらの酵素も中心部分は似ていますが、DNMT酵素の方が大きいに注目してください。私たちのDNAメチルトランスフェラーゼは、反応を行うドメインに追加のドメインも伴う必要があるのはなぜだと思いますか?

参考文献

代表的な構造

2qrv: DNAメチルトランスフェラーゼにDNMT3が結合したもの
DNMT3 はある生物の発生段階においてDNAのシステイン塩基にメチル基を付加する。このメチル基は異なる細胞種の遺伝子を制御するのに重要である。
3pt6: DNAメチルトランスフェラーゼにDNMT1が結合したもの
DNMT1 は新たに複製されたDNAのシトシン塩基にメチル基を付加する。このメチル基は異なる細胞種の遺伝子を制御するのに重要である。
1mht: DNAメチルトランスフェラーゼにHha1が結合したもの
Hha1 は細菌細胞のDNAにメチル基を付加する。この酵素はウイルスから細胞を保護する制限/修飾系の一部を構成する。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2011年7月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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