108: Hsp90(Hsp90)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

酵母のHsp90(閉じた活性型、PDB:2cg9)

細胞は厳しい高熱条件にさらされた時、熱ショックタンパク質(heat shock protein、通常その省略である "Hsp" の後におおよその分子量を示す数値を付けて表記される)と呼ばれる一連の防御タンパク質を作る。これらのタンパク質の多くはシャペロン(chaperone)で、細胞タンパク質の折りたたまれた状態を維持し、条件が悪くなると活性化される。また細胞の通常の生活においても重要な役割を果たしており、未成熟なタンパク質の折りたたみを助け危険な凝集を抑制している。Hsp70 や Hsp60 などのタンパク質は一般的なシャペロンであるのに対し、Hsp90はより特殊な役割を担っている。

分子の顧客

Hsp90は厳選されたタンパク質だけを対象に成熟を助ける専門のシャペロンである。対象とするタンパク質には、ステロイド受容体(steroid receptor)、変異体p53(mutant p53)タンパク質、乳がんに関係するHER2タンパク質など百種類以上もの転写因子やリン酸化酵素(キナーゼ)が含まれる。今までのところ、この増えつつあるHsp90の対象タンパク質一覧に共通するテーマは何なのか分かっていないが、Hsp90はこれらタンパク質の活性型を維持するのに欠かせないことだけは分かっている。

協力的努力

Hsp90の正確な機能についても今のところ謎である。どのようにして対象タンパク質を成熟を助けているのかまだ明らかにされていない。ただ、様々なシャペロンタンパク質の大きな複合体の一部として働いていることは分かっている。あるシャペロンは未成熟なタンパク質を持ってきて、また別のシャペロンは折りたたみを助ける。例えば、ここに示した複合体(PDBエントリー 2cg9)には、青で示したHsp90と、緑で示した補助シャペロン分子Sba1が含まれる。赤で示したATP分子がタンパク質の機能が回るのを助けている。

がんとの関係

Hsp90によって助けられるタンパク質の多くは細胞成長に関わっており、Hsp90はがんの化学療法の魅力的な対象となっている。Hsp90を攻撃する薬は治療に用いるには有毒過ぎると考えるかもしれない。なぜならHsp90は通常の細胞にとっても必要なものなのだから。しかし、がん細胞は通常の細胞よりもHsp90への依存度が高いので、Hsp90の機能を妨げる薬により強く反応するのである。例えば、ゲルダナマイシン(geldanamycin)という薬は、がん細胞においてATPがHsp90に結合するのを妨げ、その結果Hsp90と誤って折りたたまれたタンパク質の複合体が蓄積される。そしてユビキチン/プロテオソーム機構(ubiquitin/proteosome system)が刺激されてタンパク質複合体が破壊され、最終的には成長を制御している信号伝達経路が破壊されてがん細胞は死滅する。

曲がる腕

左:Hsp90の開いた不活性型(大腸菌、PDB:2ioq) 右:Hspの閉じた活性型(PDB:2cg9)

Hsp90は機能サイクル中大きく構造が変化する。左に示した不活性型(PDBエントリー 2ioq)では開いた形をしている。ATPが結合すると分子は閉じて右に示した活性型(PDBエントリー 2cg9)へと変化する。閉じた型では、2つの小さな環がどのようにしてタンパク質分子の上端にある腕をつかんでいるかに注目して欲しい。ATP結合部位がこの環のすぐ下にあって、大きな構造変化の制御ができるようにしている。PDBでは、別の型のHsp90もいくつか見ることができる。ここに示す開いた型は細菌(大腸菌)のもので、閉じた型は酵母のものである。この他に、小胞体(endoplasmic reticulum)で見られるHsp90に似たタンパク質GRP94の閉じかけた構造(PDBエントリー 2o1u2o1v、ここには図示していない)もPDBで見ることができる。

構造をみる

左:ATPと結合したHsp90(PDB:1am1) 右:ゲルダナマイシンと結合したHsp90(PDB:1yet)

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最初に発見されたHsp90を攻撃する物質は、細菌のストレプトマイセス(Streptomyces)によって作られるゲルダナマイシンと呼ばれる天然産物である。この物質はHsp90のATP結合部位に結合してATPの結合を妨げ、その結果Hsp90が機能するのに必要となる大きな構造変化をできなくしてしまう。ATP結合部位にATPが結合した構造(PDBエントリー 1am1)を左に示す (この構造を自分で見る時、原子座標には3つのリン酸のうち2つしか含まれていないことに注意。残りの1つは位置が確定されていない)。残念ながら、ゲルダナマイシンは抗がん剤として使うには危険すぎるが、これからより良い物質が開発されることだろう。

理解を深めるためのトピックス

  1. 実験的な薬剤分子が結合した他のHsp90の構造を見つけられますか?
  2. ゲルダナマイシンはATPとはかなり異なった分子のようですが、タンパク質の結合部位とは似た接触を行うことが明らかになっています。ATPやゲルダナマイシンが直接接触しているアミノ酸がどれなのか分かりますか?

参考文献

当記事を作成するに当たって参照した文献を以下に示します。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2008年12月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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