109: タバコモザイクウイルス(Tobacco Mosaic Virus)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

タバコモザイクウイルス(赤:RNA、青:タンパク質)

タバコモザイクウイルス(tobacco mosaic virus、TMV)は百年以上前に発見されて以来、ウイルス研究の中心となっている。TMVは最初に発見されたウイルスである。19世紀末、小さく感染性のある病原体が発見された。これは細菌とするには小さすぎる、たばこ植物の病気を引き起こしている病原体であった。この不思議な病原体の性質が明らかになるまでに30年の年月を要した。ウェンデル・スタンリー(Wendell Stanley)は、ノーベル賞を受賞した研究において、ウイルスを結晶化させることに成功し、このウイルスは主にタンパク質からできていることを発見した。また他の研究者がすぐに、ウイルスにはRNAも含まれていることを発見した。そして、J. D. バーナル(J. D. Bernal)、ロザリンド・フランクリン(Rosalind Franklin)、ジェームス・ワトソン(James Watson)など多くの有名な構造研究者は、ウイルスの構造を解明するのにX線結晶回折と電子顕微鏡を使った。最終的に、アーロン・クルーグ(Aaron Klug)がノーベル賞を受賞した仕事の一部として、ウイルスの原子構造を決定した。

らせんウイルス

PDBデータベースにはタバコモザイクウイルス全体の構造がいくつか登録されていて、線維状結晶のX線回折によって解かれたPDBエントリー 2tmvや、より最近になって多数の電子顕微鏡写真の解析によって解かれたPDBエントリー 2om3などでそれを見ることができる。ウイルスは、タンパク質の覆い(青)の中に包まれた1本のRNA(赤)でできている。タンパク質の覆いは約2130個の小さなタンパク質の複製でできていて、れんがの様に積み重なり円筒形の煙突のような形を構成している。RNA鎖は4種類のタンパク質をコードしていて、それらが協同してウイルスの生活環をつくりあげている。これにはウイルスRNAを複製する2種類のタンパク質と、RNAを細胞から細胞へと輸送して感染を広げるタンパク質、そして覆いとなるタンパク質(カプシド)がPDBエントリー の構造で見られる。

TMV感染

タバコモザイクウイルスは非常に安定なので、感染した葉から作られた葉巻やたばこの中で何年も生き続けることができる。ウイルスRNAはそれ単独で感染性があるが、タンパク質の覆いを追加することでRNAを破壊しようとする酵素からRNAを守っている。ところが、このタンパク質の覆いは1つの問題を引き起こす。ウイルス遺伝子が細胞に入り込む時、一旦取り除かねばならない。TMVはRNAを解放するのに2つの方策を用いる。多くのウイルスで見られるように、TMVも環境変化に応じてタンパク質の変化を引き起こす化学スイッチを持っている。カプシドタンパク質は、カルシウムイオン濃度が高い細胞外で安定な酸性アミノ酸のかたまり(クラスタ)をいくつか持っている。このクラスタはカルシウムイオン濃度が低い細胞内では反発し合う。RNAの末端を解放するのに、最初数個のカプシドタンパク質がゆるめば十分である。そして感染の最後の仕上げをするエンジンとしてTMVはリボソームを使う。リボソームがRNA鎖をたどって最初のウイルスタンパク質の組が作られ、細胞の外に残してきたカプシドタンパク質と置き換えられる。

TMVの集合体

タバコモザイクウイルスの被覆タンパク質(PDB:1ei7)が17個集まってできている円盤が4層積み重なったもの。

TMVの研究で分かった多くの驚くべきことの1つが、TMVの集合する方法である。RNAとカプシドタンパク質を混ぜると、それらは自然に機能するウイルスを形成する。これは単にタンパク質が積み重なって、RNA鎖を内側に締め上げているという現象が起きているだけだと思うかもしれない。しかし、実際には2段階の過程を経て集合は行われている。まず、TMVタンパク質が2層の円盤を形成する。各円盤には17個のタンパク質が含まれる。そして、RNAにある特別な開始配列が円盤の中心にある穴に結合する。すると円盤は形を変え、1回転当たり16と3分の1個のサブユニットで構成されるロックワッシャー(lockwasher、表面にくさび型の溝が彫ってあるワッシャー(座金)、右下図参照)型の環が形成される。

ロックワッシャーの図

残りのサブユニットはこの構造に積み重なり、RNAが覆われるまで伸びていく。この2段階の過程を経ることには大きな利点がある。RNAの開始配列を必要とすることによって、ウイルスRNAだけをウイルス内部に包み込むのを保証しているのである。ここに示したのはPDBエントリー 1ei7の構造で、17個のサブユニットで構成された環が4つ積み重なっている。真ん中にある2つの環が集合を開始する構造に似ていると考えられている。次節でロックワッシャー型リングの構造を示す。

構造をみる

タバコモザイクウイルスのタンパク質サブユニット(PDB:2tmv)が17個集まってロックワッシャー型環状構造を作る。RNAは環の内側にあるタンパク質の溝にはまる。

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PDBエントリー 2tmv2om3 は感染性のあるTMVウイルス粒子にタンパク質とRNAの両方が含まれている。上図には17個のサブユニットとそれに結合したRNAだけを示している。RNAが環の中心近くにあるタンパク質の溝にどうやって結合しているかに注目して欲しい。3つのヌクレオチドが各タンパク質サブユニットに結合する。右側の図は、感染した細胞の中でウイルスが脱集合するのに重要な酸性アミノ酸の集まり(赤)を示している。これらのアミノ酸をより詳しく見るには、プロテオペディアのサイトを参照のこと。

理解を深めるためのトピックス

  1. PDBデータベースに登録されているほとんどのウイルスはカプシドタンパク質による球状の殻でできています。TMVのように筒状のウイルスの例を他に見つけられますか?
  2. 精製したTMV粒子の長さはどれも非常に均一で、その長さは300nmです。構造のどの部分が集合したTMV粒子の長さを制限しているのでしょうか?

参考文献

当記事を作成するに当たって参照した文献を以下に示します。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2009年1月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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