104: セレノシステイン合成酵素(Selenocysteine Synthase)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

上:セレノシステイン合成酵素(PDB:3bc8) 下:セレノリン酸合成酵素(PDB:2yye)

あなたが地元の健康食品店に行ったり、日常摂取しているマルチビタミンの成分をよく見たりしているなら、セレン(selenium)が有用な栄養補助食品要素の一つとしてよく挙げられていることに気づいているかもしれない。ところが、セレンは諸刃の刃である。セレン化合物は一般的には有毒で不快なニンニクのにおいがするものだが、私たちの健康維持にとって微量のセレンは欠かせない。セレン原子は硫黄原子に似ていて、性質も近い。ただ、セレン化合物の方がより反応性に富む傾向がある。特殊なタンパク質の中には、まさにこの過剰な反応性を必要としているものがある。例えば、硫黄原子の代わりにセレン原子を使うことによって、チオレドキシン還元酵素(thioredoxin reductase)の触媒速度は100倍に、葉酸脱水素酵素(formate dehydrogenase)の触媒速度は300倍に向上する。

セレノシステインとセレノメチオニン

タンパク質に含まれるアミノ酸には硫黄原子を含むものが2種類あり、どちらも硫黄原子をセレン原子と置き換えた変異型を作ることができる。セレノメチオニン(selenomethionine)は特に細胞で作られるものではないが、メチオニンを作る通常の酵素が時々間違って作る。ただこれは通常のメチオニンと十分近い性質を持っており、問題となることはない。むしろ結晶学者にとっては、X線結晶構造を決定する助けになるので極めて有用である。なぜなら、セレンは硫黄よりもたくさんの電子を持っており、X線実験において場所を特定しやすくなるからである。一方、セレノシステイン(selenocysteine)は通常のシステインよりも反応性に富んでおり、必要に応じ特殊なセレン含有タンパク質(selenoprotein)に限って付加される。

セレンを伴う合成

極めて驚くべき事に、細胞は遺伝子暗号を修正してセレノシステインをタンパク質に付加している。地球上の全ての生物が使っている基本的な遺伝子暗号は、20種類のアミノ酸または停止を指示している。21番目のアミノ酸をこの暗号に加えるために、細胞は特例としてUGA停止暗号(コドン)を解釈し直す。しかしこれには問題がある。細胞は、どんな場合にUGAを「停止」と解釈し、どんな場合に「セレノシステイン」と解釈しているのだろうか?  この判別はUGAコドンの後に来る特殊な信号配列を使って行っている。細菌の場合、この信号はメッセンジャーRNA(伝令RNA)の暗号領域中にあるUGAコドンの直後にある。一方私たちの細胞の場合、暗号配列の末端からより離れた場所にこの信号はある。後述するように、ちょうど必要な時にセレノシステイン運搬RNA(tRNA)をリボソームに届ける特殊な伸長因子(elongation factor)によってこの配列は認識される。

つかみにくいセレン

セレンと硫黄はよく似ているので、細胞はセレノシステインがどのように運搬RNAへ付加されるのかによく注意しなければならない。細胞は、セレノシステインが通常のシステイン運搬RNAに付加されていないことを確かめないと、セレノシステインが間違って意図しない場所に付加されてしまうかもしれない。この問題を解決するために、セレノシステイン運搬RNAはいくつかの段階に分けて作られる。まず別のアミノ酸、セリンがセレノシステイン運搬RNAに付加される。次に2番目の酵素がセリンをリン酸化し、準備を整える。最後に、上図上に示したセレノシステイン合成酵素(PDBエントリー 3bc8)によってセリンの中にある酸素原子がセレン原子と置き換えられる。この反応に必要な活性型のセレン原子は、上図下に示した小さな酵素「セレノリン酸合成酵素(selenophosphate synthase)」(PDBエントリー 2yye)によって作られる。この一歩一歩進むような過程を使うことにより、運搬RNAにアミノ酸を補充する酵素はどれも、システインとセレノシステインを区別するという難しい仕事に直面せずに済んでいるのである。

セレンの特定

左:伸長因子SelBの全体構造(PDB:1wb1、赤い分子はGDP) 右:SelBの柔軟な尾部にmRNA断片(橙)が結合したもの(PDB:2uwm)

伸長因子SelBは、UGAコドンを停止ではなくセレノシステインの追加と判断するのはいつなのかを決めているタンパク質である。SelBはUGAコドンの後にある特別な「セレノシステイン挿入配列」を認識し、メッセンジャーRNAの中に特有のヘアピンループを形成する。上図左(PDBエントリー 1wb1)に示したのは、このSelBタンパク質全体の構造である。上の大きな部分にはオレンジ色で示したGTPが結合し、セレノシステイン運搬RNAをリボソームへと届ける。このSelBは伸長因子Tuと似ているが、こちらは20種ある通常アミノ酸を扱う運搬RNAをリボソームに届ける伸長因子である。この上部が、メッセンジャーRNAの挿入配列に結合する柔軟な尾部に付加される。右の構造はPDBエントリー 2uwmのもので、SelBが持つこの柔軟な尾部にメッセンジャーRNAの断片(赤・橙)が付加された構造である。タンパク質は、ヘアピン型をした領域全体に接する環状領域の中に飛び出したグアニン塩基を認識する。この認識に関する原子的な詳細情報を得るには、プロテオペディア(Proteopedia)ページ(英語)も見て欲しい。

構造をみる

グルタチオン過酸化酵素の活性部位(PDB:1gp1、原子別に色分けされた分子はトリプトファンとグルタミン、緑はセレン原子、それについている小さな赤い球は酸素)

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ヒトの細胞からは約15種類のセレン含有タンパク質が見つかっている。これには甲状腺ホルモン(thyroid hormone)を作るのに欠かせない脱ヨウ素酵素(deiodinase enzyme)、活性酸素原子を含む化合物の変換と解毒化にとって重要なグルタチオン過酸化酵素(glutathione peroxidase)、そして機能がまだ分かってないタンパク質が含まれる。ここに示すのはPDBエントリー 1gp1のグルタチオン過酸化酵素の活性部位である。この図には4量体酵素の中にある4つの同一活性部位のうちの2つが示されている。それぞれの活性部位は、トリプトファンとグルタミン(原子別に色分け表示されている分子)によって活性化されるセレノシステインアミノ酸(セレン原子は緑色)で構成されている。この結晶構造では、セレノシステインが高度に酸化され、セレン原子には2つの酸素原子(小さな赤い球)が結合している。通常の酵素触媒サイクルにおいて、セレン原子は危険な過酸化物から活性酸素を取り出し、それを中和するのに水とグルタチオンを使っていると考えられる。

「セレノシステイン合成酵素」または「SelB」のキーワードでPDBエントリーを検索してみてください。

理解を深めるためのトピックス

  1. PDBには、天然に存在するセレン含有タンパク質も、結晶構造決定に用いられたセレノメチオニンを含むタンパク質もある。それぞれの事例を見つけられますか?
  2. SelBはメッセンジャーRNAループ中のグアニン塩基と特有の接触を行うことにより特別な挿入配列を認識する。この認識に重要なアミノ酸はどれか分かりますか?

参考文献

当記事を作成するに当たって参照した文献を以下に示します。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2008年8月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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