101: プリオン(Prions)
プリオンは通常型と誤った様式で折りたたまれた異常型という2つの型をとることができるタンパク質である。ただこれは別に珍しいことではないように思われる、というのも他のタンパク質の多くも柔軟性があって複数の異なる型をとることができるからである。しかし、プリオンには「異常型プリオンは、通常型プリオンを異常型に変えることができる」という他のタンパク質にはない特徴を持っている。こうして、少しの異常型プリオンがあるだけで、正常型プリオンは次々と異常型に変換され、正常型プリオン集合体全体を異常型に変えることができてしまう。この現象は、異常型タンパク質の濃度上昇という致命的な結果を招きうる。例えば、PrPプリオンの異常型はヒトやその他の動物に致命的な神経系疾患を引き起こす。さらに悪いことに、異常型プリオンには感染性があり、少しの異常型プリオンを服用だけで感染しその生命体を完全にこわしてしまう。
狂牛と人食
プリオンタンパク質PrPの通常型(右図)は神経細胞の表面で見られるが、異常型に変化すると長い繊維状になって集まり、それが通常の脳の機能を妨げる。感染は、たった少しの異常型タンパク質が食事で取り込まれたり、怪我をした時の血液を通して偶然入り込んだりして起こる。壊滅的な事例がパプアニューギニアの地元民の間で発生したが、その地方では葬儀の一部として人を食する儀式が行われていた。この流行はおそらく、自然発生的に病気になったある1人の人間から始まったものだろう(PrPタンパク質は時々勝手に異常型状態になるが、これがごくまれに突発的な発病の原因となっている)。そして異常型プリオンは、感染したヒトが食べられることでその社会の中に広まっていった。さらに最近になって、狂牛病(mad cow disease)の原因となっているプリオンが、狂牛病にかかった牛の肉を食べることによってヒトにも広がりうることが心配されるようになっている。牛のPrPタンパク質はヒトのPrPタンパク質と非常に似ていて、同じような様式の感染事例がいくつか知られている。
プリオンタンパク質
正常型プリオンPrPはいくつかの部分から構成されている柔軟なタンパク質である。右に示した図は3つのPDBファイルのデータで構成されている。最も大きな左のドメインはPDBエントリー 1qm2のものである。下部には脂質が結合し、通常はタンパク質を神経細胞の表面につなぎとめている。また上部にも2つ炭化水素鎖が結合している(これらは全てオレンジ色で示されている、PDBファイルには含まれていない分子である)。タンパク質鎖の残りの部分は柔軟性が高く、NMR分光分析によって研究された2つの部位の構造がPDBエントリー 1oei と 1skh で報告されている。長年の熱心な研究にも関わらず、PrPにはまだ多くの謎が残っている。PrPは神経細胞で見つかるが、その正確な機能はまだ推論の域を出ていない。しかも、研究者はPrPの異常型(感染性のある状態)の構造をまだ発見していない。しかし、次に紹介する構造を見れば、そこで何が起こっているのか見当がつくだろう。
機能的なプリオン
自然はいつも驚きに満ちているが、プリオンもその例外ではない。プリオンはヒトやその他の動物に恐ろしい病気を引き起こす一方で、他の生物では特定の役目を担っている。例えば、右図に示すプリオンタンパク質HET-sをつくる菌類がいる。このタンパク質はPDBエントリー 2rnmのもので、異常型をとっているものである。このタンパク質は菌類の成長において特別な役割を持っている。ある個体は1つの型しかとらない種類のHET-sタンパク質を持ち、また別の個体は2つの型をとることができる少し違った種類のタンパク質を持つ。隣り合った菌の集団が出会うと、細胞を融合させて一緒になり、大きな多核細胞を形成するのがよく見られる。ところが、適合しないHET-sタンパク質の型を持つ細胞同士が融合するとその融合細胞は死んでしまう。この仕組みは有利な点があると思われる。なぜなら、集団の多様性を高め、集団の隔離状態を維持し、おそらくウイルス感染の広がりが抑えているからである。
プリオン繊維
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異常型状態にあると、プリオンは強固な繊維を形成する。最初に観察されたこの類の繊維の構造をPDBエントリー 2rnmで見ることができる。このエントリーは、菌類のHET-sタンパク質の一部分を含んだもので、6つの鎖から構成されており、積み重なって長いコイル状の構造をとっている。白で示した疎水性アミノ酸は三角形の窪みの中に包み込まれ、それが全体構造を安定化させている。
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プリオンについてさらに知りたい方へ
以下の参考文献もご参照ください。
- D. M. Fowler, A. V. Koulov, W. E. Balch and J. W. Kelley 2007 Functional amyloid--from bacteria to humans. Trends in Biochemical Sciences 32 217-224
- D. A. Harris and H. L. True 2006 New insights into prion structure and toxicity. Neuron 50 353-357
- J. Collinge 2005 Molecular neurology of prion disease. Journal of Neurology, Neurosurgery and Psychiatry 76 906-919
- J. Collinge 1999 Variant Creutzfeldt-Jakob disease. Lancet 354 317-323 (a review of infection of humans by mad cow disease)
- S. B. Prusiner, M. R. Scott, S. J. DeArmond and F. E. Cohen 1998 Prion protein biology. Cell 93 337-348