098: 低分子干渉RNA(Small Interfering RNA)
2本鎖RNAの存在はトラブルの兆候であることが多い。なぜなら、私たちの細胞が持つRNAは、ほとんどが1本鎖の状態で存在しているからである(特にmRNAに関しては。但し例外的に、tRNAとリボソームはヘアピン状構造を取って短い2本鎖領域を形成している。)一方、多くのウイルスは長く伸びた2本鎖RNAを形成した上でゲノムを複製している。よって、細胞内に2本鎖RNAが見つかると、それは感染の兆候であることが多いため、往々にして細胞死を伴う活発な反応を開始する。ところで動植物の細胞は、ウイルスを直接攻撃するより対象を限定した防衛手段も持っている。この攻撃はRNA干渉(RNA interference、RNAi)と呼ばれている。
干渉の流れ
RNA干渉は、ウイルスの複製などによってできた長い2本鎖RNAがきっかけとなって始まる。ダイサータンパク質(dicer、左図の右上にある青い分子、PDBエントリー 2ffl)が、このRNA分子を小さい特徴的な断片へと切断する。その結果形成される、長さ約21塩基対のRNA断片は「(small interfering RNA、)」と呼ばれ、約2塩基対分片方の鎖が突き出し、その反対側の端にはリン酸が残った特徴的な構造をしている(左図の左上にある赤い分子、PDBエントリー 2f8s)。この特徴はダイサーによって簡単に認識される。ダイサータンパク質の中にある4つのマグネシウムイオン(図中の赤紫色の球)の並びに注目して欲しい。それらは2つのずれた切れ目をRNA2本鎖の中に作り、ひっかかりを形成していると考えられている。
アルゴノート
ダイサーによって作られた分子は、アルゴノート(argonaute)タンパク質によって拾い上げられ、周囲に漂っている他のウイルスRNAを破壊するのに使われる。左図の下に青色で示しているアルゴノートタンパク質はPDBエントリー 1u04のもので、から一方の鎖をひきはがし、それに適合するmRNAを探す。それが見つかったら、RNAを切断し、破壊する。このようにして細胞は、ダイサーによって見つけられた元の2本鎖断片と同じようなmRNAを除去する(豆知識:アルゴノートタンパク質は、アオイガイ(Argonaut、貝殻を持つタコの仲間)が持つらせん形の貝殻に似た形をした植物の変異体から発見された。)
低分子RNAの海
RNA干渉が発見されてから数年のうちに、当初考えられていたよりもずっと広い範囲でこの反応過程が発見されるようになり、RNA小片は多くの機能的役割を持っていることが明らかになった。と似たものとして、マイクロRNA(microRNA)と呼ばれる分子があるが、これは細胞核において通常のRNAから作られるものである。マイクロRNAもダイサーによって処理され、RNAを対合しRNAの利用を阻害することにより通常のmRNA利用を調整する働きをしている。またDNAゲノム中で相補的な配列が見つけ、メチル化やヒストン結合の水準を変化させることにより染色体の性質を調整する役割も担っている。
科学におけるRNA干渉
動植物細胞は、特定のRNA鎖を破壊するこの機構をあらかじめ持っており、科学者たちはこれを最大限利用してきた。現在は、人工的に干渉RNAを合成して細胞内に注入し、任意のmRNAを破壊することができる。これが遺伝子の機能を決定するための速くて簡単な方法である。ほとんどのmRNAを破壊するよう調整した干渉RNAを使い、タンパク質の合成速度を低下させると、どこがおかしくなったのかを見ることができるのである。医学研究者は、例えばガン遺伝子を破壊するといった闘病のために低分子RNAを利用することも試みている。
ウイルスの反撃
ウイルスは巧妙で、攻撃されてそのままじっとしていることはまずない。ウイルスはRNA干渉に対して反撃する方法を持っている。ここに示したタンパク質はトマトブッシースタントウイルス(Tomato bushy stunt virus、TBSV)によって作られた抑制タンパク質(PDBエントリー 1r9f)である。に結合し、ウイルスのmRNAを破壊するその働きを阻害する。左図に青で示した抑制タンパク質が、どのようにしてものさしのように働き、橙と赤で示した()の両端をを積み上げているのかに注目して欲しい。このようにして、抑制タンパク質はとぴったりの長さを持つRNA小片だけを見つけ出して阻害するのである。
構造を見る
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ダイサーによって作り出された分子は簡単に認識できる。それは、長さがそろっていて、通常みられない出っ張りが両端にあるからである。上図に青でしめした構造は、PDBエントリー 1si3から得られたアルゴノートの「PAZ」ドメインで、多くのタンパク質がの末端(上図の橙色で示した領域)を認識するのに用いているものである。ぶら下がっている塩基がどのようにして小さな窪みに結合しているか、そして外に出ている短い方の鎖の末端がどのようにタンパク質の小さな出っ張りによって覆われているか、に注目して欲しい。
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についてさらに知りたい方へ
以下の参考文献もご参照ください。
- L. Peters and G. Meister 2007 Argonaute proteins: mediators of RNA silencing. Molecular Cell 26 611-623
- L. Aagaard and J. L. Rossi 2007 RNAi therapeutics: principles, prospects and challenges. Advanced Drug Delivery Reviews 59 75-86
- D. J. Patel, J. B. Ma, Y. R. Yan, K. Ye, Y. Pei, V. Kuryavyi, L. Malinina, G. Meister and T. Tuschl 2006 Structure biology of RNA silencing and its functional implications. Cold Spring Harbor Symposia on Quantitative Biology 71 81-93