052: 成長ホルモン(Growth Hormone)

著者: Shuchismita Dutta, David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

子供と大人の成長

左上:ヒトの(PDB:1hgu) 右上:プロラクチン(PDB:1n9d) 下:IFG-1(PDB:1h02)

子供は成長すると、身長や体重そして体力が増加する。この成長には、子供の遺伝的構成、栄養、環境的要因などを含む様々な因子が影響している。また身体から放出される特有の伝達物質も成長の促進や抑制を行う。()は下垂体(pituitary)から分泌される重要な成長信号の一つである。下垂体とは、大きさがエンドウ豆ぐらいで脳の下に位置している分泌腺である。子供の頃このホルモンが欠乏すると背が平均よりも低いままとなり、多すぎると多くの人よりも高い身長になることだろう。成長ホルモンは大人になっても働き続け、体内の様々な器官における修復と維持に重要な役割を果たしている。

下垂体ホルモン

下垂体は、プロラクチン(prolactin)、胎盤性ラクトゲン(placental lactogen)を含む何種類かのホルモンを放出する。これらの低分子タンパク質ホルモンは似た配列と構造を持っていて、成長、発達、母乳の産生において重要な役割を果たす。そのうちの2つの右図上に示した。左がヒトの(PDBエントリー 1hgu)、右がプロラクチン(PDBエントリー 1n9d)である。似ているにも関わらず、これらのホルモンは全体としての形状や表面の特徴は少し違っていて、それぞれの機能を果たすための特定の対象へ結合できるようになっている。

成長の促進

は血液中を移動し、肝臓(liver)に対してインスリン(insulin)に似た成長因子(insulin-like growth factor、IFG-1、右図下、PDBエントリー 1h02)と呼ばれるタンパク質を作るよう促す。IFG-1 は長い骨の末端にある軟骨細胞(cartilage cell)の増殖を助ける。子供は、これによって骨の長さが伸び、身長が高くなる。ところが思春期までにほとんどの骨の末端の軟骨は骨に変わってしまい、その結果通常はや IGF-1 が作用しても骨を伸ばすことはできなくなる。IGF-1 は未成熟な筋肉細胞(muscle cell)にも作用し、筋肉量を増やす。は成長を促す機能の他に、身体の代謝調節に関わっている。脂肪細胞(fat cell)に作用して脂肪の貯蔵量を減らしたり、細胞におけるタンパク質合成を促したり、血糖値を抑制する役割を担っていたりする。このようには成長している身体全体の状態や機能に様々な影響をおよぼしているのである。

の補給

は1920年代に成長促進因子(growth promoting factor)として同定された。そして1980年代半ばまでには、組替えDNA技術(recombinant DNA technology)を使って細菌にこの191残基から成るタンパク質ホルモンを作らせることができるようになった。この組替えホルモンを大量に作れるようになったことで、を治療に用いることができるようになった。現在、子供でも大人でもの欠乏は補給して治療することができる。また、筋肉の消耗や衰弱を引き起こす疾患(AIDSなど)を患う患者にとってもこの補給は利点がある。一方、治療ではなく加齢の症状を逆行させるのにこの補給が利用されることがある。運動選手の筋肉量を増やしたり、成長期の子供の身長を伸ばしたりというのがその事例である。また食品産業では、この組替えホルモンタンパク質のウシ版やブタ版が家畜の成長促進に利用されている。このような動物由来の肉や牛乳を食べたことによって生じうる影響について懸念が表明されてきたが、研究結果はこれらの動物に由来するはヒトには作用しないことを示している。

の動き

とその受容体(PDB:3hhr)

(赤で示した分子)は対象となる器官や細胞にある受容体( receptor、青と緑の分子)に結合して複数の機能を実行する。これらの受容体は細胞外部分と細胞内部分とに分かれており、細胞膜を貫通する伸びたらせんによってつながれている。面白いことに、が機能を仲介するには2つの受容体分子へ同時に結合しなければならない。ホルモンはこの受容体の細胞外部分に結合し、2つの受容体間の橋渡しをする。ここに示したPDBエントリー 3hhr はが結合した2つの受容体の細胞外部分を含んでいる。2つの受容体が一緒になると、細胞内部分(模式図で示している)が相互作用して、いくつかの酵素反応と成長を促す信号過程が始まる。このように、受容体が2量体になることは、が機能に当たって重要なのである。この結晶構造から分かった重大な驚くべき事実の一つは、構造的に同一である2つの受容体分子が、1つの分子の反対側にあるそれぞれ別の場所へ結合することである。またそこから予期されるように、この2つの部位の結合強度も違ったものとなっている。

構造をみる

(左:変異体 PDB:1hwh、右:通常体 PDB:1hwg)

2つの受容体はホルモンへ続いて結合する。1つ目の受容体が最初の部位へ結合すると不活性な中間複合体が形成される。この集合体は、2つ目の受容体分子がホルモンの別の場所にある2つ目の結合部位と結合した時にだけ機能を果たす活性状態となる。この集合体形成を邪魔するような因子は何でもホルモンの機能を阻害する可能性がある。例えば、たった1つの残基、120番のグリシン(glycine)をアルギニン(arginine)に変えるだけで2つ目の部位への受容体結合が阻害されるだろう。変異体ホルモン(上図右、PDBエントリー 1hwh)を通常のホルモン(上図左、PDBエントリー 1hwg)を比べると、120番残基アルギニンの大きな側鎖が邪魔になって2つ目の受容体が結合する場所がないことが分かる。このアルギニンは受容体の104番残基トリプトファン(tryptophan、緑の球)とぶつかってしまう。だから、この変異体ホルモンは2つ目の受容体を伴った機能する複合体を作ることができず、もはや成長を促進することはできない。それどころかむしろ成長を抑制してしまうことになる。

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更に知りたい方へ

以下の参考文献もご参照ください。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2004年4月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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