97: 概日体内時計タンパク質(Circadian Clock Proteins)
私たちの細胞の中には24時間の日周リズム(概日リズム)をとる小さな分子時計がある。この時計は、おなかが空く時間や眠くなる時間を決めている。また、昼間の長さの変化を感知し、季節変化を起こす。中心的な役割をしている時計は、脳のある小さな領域にあって、視交叉上核(suprachiasmic (suprachiasmatic) nucleus、SCN)と呼ばれている。私たちの身体の中心的なペースメーカーとして働き、外界の明暗周期をチェックし、他の身体各部が同期するように信号を送る。
時を刻む
分子の反応は素早いので、24時間周期の時計が分子レベルの働きによって制御されているとは考えにくい。しかし驚くべきことに、別の生物が異なる方法で概日リズムの制御方法を発達させている。動物細胞は、毎日周期的に合成と分解が行われるタンパク質(それぞれ、Clock(時計)、Cryptochrome(クリプトクロム)、Period(期間)という変わった名前を持っている)を集めた複合体を利用している。24時間周期で変化するこれらのタンパク質濃度は、一連のフィードバックループによって制御されており、そこではタンパク質の濃度がそのタンパク質自身の産生を正確に制御している。これよりずっと単純な機構がシアノバクテリアで見つかっている。その機構は3つのタンパク質〜KaiA、KaiB、KaiC〜で構成され、一緒になって概日リズムをつくっている。サイクルの最初に、KaiA(右図上の分子、PDBエントリー 1r8j)が大きなKaiC(右図中央の分子、PDBエントリー 2gbl)6量体を刺激し、リン酸基を付加する。リン酸基で満たされたKaiCはKaiB(右図下の分子、PDBエントリー 1r5p)に結合し、これがKaiAを不活性化する。その結果、リン酸基は徐々にKaiCから離れていく。リン酸の数が少なくなると、KaiBはKaiCから離れ、KaiAが再びサイクルを回し始める。
時刻を合わせる
この時計は約24時間の周期を持っているが、想像がつくように正確なものではない。そのため細胞は、外界に時計を合わせる方法を持っている。脳内の時計は光にさらされることにより同期される。光は網膜で感知され、信号が脳に送られて、概日周期のタイミングを修正する。時差のある場所に移動すると移動した最初の数日は「ジェットラグ」を経験するが、それは概日体内時計が古いスケジュールに同期しているためである。ところが日中の輝かしい光(青色の光がよく効くようである)によって概日体内時計ものです。は徐々にずれていき、その場所の時間に合うようになる。
眠りを催す分子
小分子ホルモンであるメラトニンは夜にだけ作られて、血中を循環し、睡眠など夜の活動を調整している。メラトニンによる治療は、例えば、ジェットラグでずれた概日体内時計の周期を直すなど、人為的に概日体内時計サイクルを変えるのに使われる。ここに示した分子は、PDBエントリー 1cjwの「セロトニン N-アセチル転移酵素(serotonin N-acetyltransferase)」で、一日のメラトニン濃度の上がり下がりは、この酵素の濃度水準によって調整されている。この酵素が、神経伝達物質のセロトニンに数個の原子を付加し、続いて2つ目の酵素がそれをメラトニンに変換する。ここに示した構造では、酵素が実行反応の過程にとらえられている。大きな緑の分子が活性部位に結合した酵素は、セロトニンに付加されたアセチル基の中間体に似た形をしている。
構造を見る
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KaiC時計タンパク質(PDBエントリー 2gbl)は6つの同じサブユニットが集まり、筒状の構造を形成している。左図に示した構造は、中央を通っているトンネルが見えるようにサブユニットを2つ取り除いたものである(リンク先のJmolページでは、取り除いている2つのサブユニットの表示ON/OFFができる)。日々時を刻んでいるリン酸(緑色の分子)は各サブユニットのセリン残基、スレオニン残基に付加される。KaiAはKaiCを刺激し、リン酸基を付加する。そしてKaiBがKaiAの活動を阻害する。その結果、KaiCからリン酸基が取り除かれる。この反応の速度は、反応全体が24時間かかるように全て調整される。
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概日体内時計タンパク質についてさらに知りたい方へ
以下の参考文献もご参照ください。
- M. J. Rust, J. S. Markson, W. S. Lane, D. S. Fisher and E. K O'Shea 2007 Ordered phosphorylation governs oscillation of a three-protein circadian clock. Science 318 809-812
- J. Arendt and D. J. Skene 2005 Melatonin as a chronobiotic. Sleep Medicine Reviews 9 25-39
- D. Bell-Pedersen, V. M. Cassone, D. J. earnest, S. S. Golden, P. E. Hardin, T. L. Thomas and M. J. Zoran 2005 Circadian rhythms from multiple oscillators: lessons from diverse organisms. Nature Reviews Genetics 6 544-556
- S. L. Harmer, S. Panda and S. A. Kay 2001 Molecular bases of circadian rhythms. Annual Review of Cell and Developmental Biology 17 215-253