85: インポーチン(Importins)
細胞内において、タンパク質合成の過程は2つの区画に分かれて行われている。前半はDNAがRNAに転写される部分で、この仕事は核で行われる。後半はRNAが翻訳されてタンパク質が構築される部分で、この仕事は核の外、細胞質にあるリボソームで行われる。この場所の分離は分子の連続的輸送のために必要である。新しいRNA分子は核から出て行く必要があるが、新しく合成されたヒストンやポリメラーゼといった核タンパク質は核に戻ってこなくてはならない。巨大な管状の核孔は核と細胞質をつなぐ輸送路として働き、インポーチン(importin)とエクスポーチン(exportin)(合わせてカリオフェリン(karyopherin)として知られる)がその穴を行ったり来たりして分子を輸送する。
特別な配達
インポーチンは何千種類ものタンパク質を核内に輸送し、ゲノムの貯蔵、読み取り、修復などの様々な仕事を行っている。しかし、分子種ごとに特有のインポーチンを設計するのは手間がかかりすぎる。そこで、多くの核タンパク質はそれが分かるように特有の札(タグ)をつけている。これは核局在化信号(nuclear localization signal)と呼ばれる短い配列で、輸送機械にそのタンパク質を核内へ輸送するよう伝える。インポーチンはこの信号を認識してそのタンパク質に結合し、核孔を通って核内へと輸送する。
輸入ビジネス
ここに示したインポーチン複合体(3つのPDBエントリー の分子で構成されている)は核局在化信号を持つタンパク質を輸送する。上にある青い分子はインポーチンβ(PDBエントリー 1qgk)である。これは複合体のエンジンに当たり、核孔を認識して複合体をそこに移動させる。インポーチンβは中央に緑色で示したインポーチンα(PDBエントリー 1ee5)の末端を取り囲んでいる。インポーチンαはアダプター分子で、インポーチンβと荷物とつなぐ役割をしている。この図で荷物となっているのは下に黄色で示したヌクレオプラスミン(PDBエントリー 1k5j)である。この分子はヌクレオソーム(nucleosome)の集合に重要なシャペロンタンパク質である。この荷物から伸びた核局在化信号がどのようにしてインポーチンαにつかまれているかに注目して欲しい。
出る戦略
一旦インポーチンβ/インポーチンα/荷物の複合体が核中に入ると、荷物を解放しインポーチンは細胞質に戻って再利用されなければならない。淡赤色で示したRanタンパク質は荷物の解放に関わっている。このタンパク質はインポーチンβに結合し、著しい形状変化を引き起こす。それによってインポーチンαと荷物は解放される。そして、インポーチンβとRanの複合体(左図、PDBエントリー 2bku)は穴を通って細胞質へと帰っていく。外に出ると、Ranの中にあるGTP(濃赤色)が分解されてRanは分離する。残ったインポーチンβは次の荷物となるタンパク質を輸送できるよう待機する。一方インポーチンαは自力で細胞質に戻ってくることができず、CAS(核排出因子の一種)の助けを借りる。上図右(PDBエントリー 1wa5)ではこのCASを青紫色で示している。CASはインポーチンβと似ているが、核孔を移動する方向が反対である。CASはインポーチンαとRanに結合し、それらを核外に輸送している。そして核外に出ると同じようにRan内のGTPが分解されてインポーチンαが解放され、次の輸送に回る。
構造を見る
インポーチンが核孔を通って分子を引っ張っていくのに使う実際の機構についてはいまだ活発に議論されているところではあるが、PDBエントリー 2bptを見るとそれがどのようにして行われているかに関するヒントが得られる。核孔を構成する何千ものタンパク質は、柔軟で多くのフェニルアラニンを含む特有のアミノ酸配列で覆われている。インポーチンβの一方の側はこれらの特有配列に結合する。ここに示した構造にはインポーチンβ全部(虹色の管)と核孔タンパク質の断片(図下部にある球、赤はフェニルアラニンアミノ酸)が含まれる。フェニルアラニンがインポーチンの外側表面にある窪みに結合していることに注目して欲しい。インポーチンβはこの特有配列に導かれて核の外側から内側へ核孔を通り抜けることができる。
これらの構造を自分で見る時、鎖の折りたたまれ方が普通ではないところを見て欲しい。インポーチンβはばねのように折りたたまれ、おおきならせん型になって結合する相手を中に閉じこめる。
核孔について更に知りたい方は、"importin" のキーワードでPDBエントリーを検索した結果を参照のこと。また、遺伝的視点から見たインポーチンに関する追加情報が、欧州バイオインフォマティクス研究所(EBI)の「今月のタンパク質」で提供されているので合わせて参照いただきたい。
インポーチンについてさらに知りたい方へ
当記事を作成するに当たって用いた参考文献を以下に示します。
- 2006 Structural basis of the nuclear protein import cycle. Biochemical Society Transactions 34 701-704
- 2006 Karyopherin flexibility in nucleocytoplasmic transport. Current Opinion in Structural Biology 16 237-244
- 2004 Importin alpha: a multipurpose nuclear-transport receptor. Trends in Cell Biology 14 505-514