84: トランスポザーゼ(Transposase)
1940年代に、バーバラ・マクリントック(Barbara McClintock)はゲノムが動的で、遺伝子の場所が変化することを発見した。彼女はトウモロコシを研究していて、美しく混ざり合った実の色は通常の遺伝法則に従っていないことを見つけた。細胞の内側を見ると、染色体が形を変えて隣接する染色体と一部分を交換していた。この研究から、色の変化は色を作り出している遺伝子全体からDNAの特有の断片を除去することによって起こっていることを見いだしたのである。彼女はDNA断片がとある場所から切り出され他の場所に貼り付けられる過程を転移と呼んだ。
飛び越える遺伝子
その後、転移DNAはあらゆる生物で見いだされている。私たちの細胞の中で転移現象が見られることは少ないが、注意深く観察するとゲノムの40%は確かに遠い過去に移動したものであることを示している。細菌はより活発な転移因子を持っていて、抗生物質抵抗遺伝子の周辺を行き来する。しかし群を抜いて活発な転移を行っているのはHIVウイルスなどのレトロウイルスである。レトロウイルスは自分自身を宿主細胞のDNAに挿入し、宿主細胞にウイルスの遺伝情報を多数複製させることで増殖している。
切り取りと貼り付け
最も単純な場合、転移に必要なものはたった2つ、トランスポゾン(transposon、移動させるDNA)とトランスポザーゼ(transposase、DNAを切断し別の場所に動かす酵素)だけである。ここに示した酵素(PDBエントリー 1muh)は細菌のトランスポザーゼで、Tn5と呼ばれるトランスポゾンを移動させる。Tn5トランスポゾンは抗生物質に抵抗するための遺伝子を含むDNA断片で、トランスポザーゼ自身を作るのに必要な遺伝子と並んでいる。この結晶構造は転移過程の途中の酵素をとらえたものである。転移は2個のトランスポザーゼがトランスポゾンの両端それぞれのDNAに結合することで始まる。続いて、トランスポゾンの両端を近づけて大きな環状構造を形成し、それから両端を切断して切り出す。この過程をここで見ることができ、2個の酵素が切断する両端をつかんでいる様子が図示されている(実際のDNA環は5700塩基対以上の長さがあることに注意)。最後に、酵素はDNAの新しい場所を見つけ、再びDNAの中にトランスポゾンを挿入する。
危険な仕事
転移は両刃の剣で、利益と危険の両側面を持っている。私たちのDNAは可動性のDNA配列で満たされており、進化の過程において明らかに多数の転移が行われてきている。可動性DNAは完全に利己的であるという人がいる。DNAはゲノムを飛び回り、自分を複製する。細胞にとってこれを止める手段はない。これはHIVのようなウイルスの場合確かにそうである。ウイルスは勝手に宿主細胞を自己を複製する培養器として使っている。細胞や感染された人にとって得することは何もない。ところが、可動性DNAはゆっくりだが確実な変異源となっており、何百万年もかけてゲノムを切り混ぜ再配置して、進化を進める多様性を生み出しているのである。私たちのゲノムはたくさんの古くて不活性な可動性因子で満たされている。これは私たちが徐々に進化してきた遺産として残ったものである。
4量体のトランスポザーゼ
トランスポザーゼはDNAを切ってつなぐのに様々な機構を使う。ここに示したのがその1つ、バクテリオファージ由来のラムダインテグラーゼ(PDBエントリー 1z1g)で、Tn5トランスポザーゼよりも複雑な機構を用いている。この構造も反応の途中をとらえたもので、酵素の中や周りに複雑なDNAの環を伴っている。この過程で、右図下に示したようなX型をしたホリデージャンクション(Holliday junction)が酵素の中に作られる。
構造を見る
多くのトランスポザーゼは特徴的な活性部位を持ち、そこにはDDEグループと呼ばれる3つの酸性アミノ酸が含まれる。ここに示したのはTn5トランスポザーゼの活性部位で、PDBエントリー 1mus由来のものである。DNAは球で図の上部に、3つの酸性アミノ酸は球と棒で中央付近に示されている。酸性アミノ酸は2つの金属イオン(緑)をつかんでいる。これが、切断と再結合の反応を助けている。
トランスポザーゼについて更に知りたい方は、"transposase" のキーワードでPDBエントリーを検索した結果も参照のこと。
トランスポザーゼについてさらに知りたい方へ
当記事を作成するに当たって用いた参考文献を以下に示します。
- 1999 Integrating DNA: transposases and retroviral integrases. Annual Review of Microbiology 53 245-281
- Mobile DNA II, edited by , ASM Press, 2002.
- 2003 The ins and outs of transposition: from mu to kangaroo. Nature Reviews, Molecular and Cellular Biology 4 1-13
- 2004 Structure/function insights into Tn5 transposition. Current Opinion in Structural Biology 14 50-57