77: ブドウ糖酸化酵素(Glucose Oxidase)
糖尿病(diabetes)は何億人もの人々が患っている世界的な健康問題である。だが幸いにして、注意深く食事と投薬を管理すれば、糖尿病に伴う合併症の多くは抑えることができる。この治療では血中グルコース濃度の監視も行われ、濃度が上がり過ぎれば下げるための適切な処置が施される。この際用いられるグルコース酸化酵素(glucose oxidase)は、グルコース濃度を素早く簡単で安価に測定できるようにしてくれている。
化学的防御
ここに示したグルコース酸化酵素(PDBエントリー 1gpe)は、グルコースを酸化してグルコラクトン(glucolactone)を作りその過程で酸素を過酸化水素に変える、小さくて安定した酵素である。この酵素が通常生物学的には、できた過酸化物を処理することに注力しているようである。なお過酸化水素は細菌を殺すのに使える有毒な化合物である。グルコース酸化酵素は、例えば菌類の表面に見られる。この場合、細菌による感染から保護するのを助けている。また蜂蜜の中にも見られるが、ここでは天然の保存料として働いている。
バイオ技術の宝庫
この目立たない酵素は、自然環境においてあまり重要ではない役割しか果たしていないにも関わらず、50億ドルのバイオ(生物的)技術工業の中心となっている。血中におけるグルコースの量を測定するバイオセンサー(生物的検知器)の要として用いられている。このバイオセンサーが用いる方策は、次のようなものである。酵素が何か測定しにくいもの(グルコース)を取り込み、測定しやすいもの(過酸化水素)を作り出す。この産物を測定するのである。通常実験室で用いるグルコース量測定器には、膜に固定された酵素が入っている。グルコースが測定器に入り、グルコラクトンに変わる。この過程で過酸化水素が作られ、白金電極(platinum electrode)によって検知される。測定試料に含まれるグルコースの量が多いほど、より多くの過酸化水素が作られ、電極で検知される信号がより大きくなる。
経費の制御
もちろん白金電極は高価なものである。そのため最近のバイオセンサーは、偶然発見されたグルコース酸化酵素の持つある性質を使って、より安価なグルコース測定器になっている。グルコース酸化酵素は、酸化反応の初期段階ではグルコースへの特異性が極めて強いが、他の様々な物質も最終電子受容体として使うことができる。ただ酸素だけは使うことはできない。そこでバイオ工学の研究者たちは、フェロシアン(ferrocene)など別の仲介分子を酸素の代わりに働くものとして開発した。これらの分子はグルコース反応から電子を拾い上げ、より安価な型の電極に直接電子を渡す。この方法は使い捨ての試験紙に使われている。試験紙にはグルコース酸化酵素、仲介分子、電極物質の全てが表面に印刷されている。
生物検知器(バイオセンサー)の選択
グルコースを酸化する他の酵素もグルコース検知器として使われている。ここにはバイオセンサーのために調べられている2つのグルコース脱水素酵素(glucose dehydrogenase)を示した。上に示した酵素(PDBエントリー 1gco)はNADを補因子として用い酸化反応を行う酵素で、下に示した酵素(PDBエントリー 1cq1)は通常は見られないピロロキノリンキノン(pyrroloquinoline quinone)補因子を用いる酵素である。
構造を見る
アオカビ(Penicillium)類から得られたPDBエントリー 1gpeを見ると、グルコース酸化酵素をより詳しくみることができる。酸化反応は、赤で示した酵素の奥深くにあるFAD補因子によって行われる。グルコースが結合する活性部位は、星印で示したFAD補因子のすぐ上、窪みの奥深くにある。細胞外で働く他の多くのタンパク質と同様に、この酵素も糖鎖(carbohydrate chain、緑)で覆われていることに注目して欲しい。
遺伝的観点から見た更なる情報を、欧州バイオインフォマティクス研究所の「今月のタンパク質」で見ることができます。
"glucose oxidase" のキーワードでPDBエントリーを検索した結果はこちら。
グルコース酸化酵素についてさらに知りたい方へ
当記事を作成するに当たって用いた参考文献を以下に示します。
- 2005 Home blood glucose biosensors: a commercial perspective. Biosensors and Bioelectronics 20 2435-2453
- 1992 Glucose oxidase: and ideal enzyme. Biosensors and Bioelectronics 7 165-185