73: トポイソメラーゼ(Topoisomerase)

私たちの持つ各細胞には長さ約2mのDNAが含まれている。その全てが核内の小さな空間へと折りたたまれて百万分の1の大きさになっている。ご想像のように、この長くて細い鎖は核内の混雑した環境下では極めて簡単にもつれてしまう。更に事態をややこしくしているのが、DNAが二重らせんであるということである。遺伝情報を読み取るにはこのらせんをほどかなければならない。もしロープの切れ端に含まれる繊維をバラバラに解こうとしたことがあるなら、このもつれの問題が理解できるだろう。この問題に対処するため、各細胞はDNA鎖のもつれをほどいてゆるませる数種類のトポイソメラーゼ(topoisomerase)を作っている。
DNAの解放
I型のトポイソメラーゼは、DNAを巻いたり戻したりする時に起こる「張り」の問題を解決する。この構造の一例(PDBエントリー 1a36)をここに示す。これはDNAの周りを包み込んで一方の鎖に切れ込みを入れる。そして酵素がDNAの損傷部分をしっかりつかんでいる間に、らせんが回転して巻きすぎや巻き不足を解消できるようにする。DNAがゆるむと、トポイソメラーゼは壊れたDNA鎖を再びつないで2本鎖を再構築する。
DNAのもつれをほどく
後に示すII型のトポイソメラーゼは、核内におけるDNAのもつれ解消に特化した酵素である。例えば細胞分裂が行われる時、それぞれの染色体(chromosome)に含まれる2つのDNAの複製を分離する必要がある。だがこの過程において、2つの姉妹染色体の一部が互いに巻き付き合い、分離過程が行き詰まってしまうかもしれない。II型トポイソメラーゼは、一方のDNAらせんをもう一方のDNAらせんが通れるようにすることでこの問題を解決する。一方のDNA二重らせんに含まれる両方の鎖を切断し、両方の鎖を強く握り続ける。そして、その両鎖の間をもう一方のDNAが通ってもつれを解決する。最後に、切断した末端を再びつないでDNAを元に戻す。
毒物とそれに対する処置
このDNAをほどいてもつれを解消する過程は、DNAを適切な状態で維持するために欠かせないものなので、トポイソメラーゼに毒物が作用すると細胞や生命の維持に悪影響が出やすい。トポイソメラーゼの働きが阻害されると、細胞はDNAの転写や細胞分裂において問題に直面することになる。がんの化学療法ではこれを逆手にとってうまく利用している。抗がん剤はトポイソメラーゼを阻害して、活発に細胞分裂しているがん細胞を殺すのである。例えば、広く用いられているドキソルビシン(doxorubicin)やダウノルビシン(daunorubicin)などのアントラサイクリン(anthracycline)系薬剤はII型のトポイソメラーゼを攻撃し、植物毒のカンプトテシン(camptothecin)はI型トポイソメラーゼがDNAをほどく反応を妨げる。II型トポイソメラーゼ

II型トポイソメラーゼは驚くべき器用さでDNA二重らせんの切断を行う。ここに示したのは2つのPDBエントリー の構造でできている。PDBエントリー 1bgwはトポイソメラーゼの下部で、PDBエントリー 1ei1はトポイソメラーゼの上部に似ているジャイレース(gyrase)由来のドメインである。トポイソメラーゼはかなり動的な構造を持ち、2つのDNAの大きさをした穴があるDNAの入口がいくつかあると考えられている。赤で示した2つのチロシン(tyrosine)アミノ酸は、DNA鎖を切断して共有結合を形成し、DNAが修復されるまでしっかりとつかんでいる。
構造をみる

PDBエントリー 1a31は、中央にほどけたDNA鎖を持つI型トポイソメラーゼの様子をとらえている。チロシンはDNA鎖の一方を切断し、切断したDNA鎖の末端にあるリン酸基と共有結合を形成している。鎖が数回回転して張りがゆるむと、酵素はDNA主鎖間の切断された結合を再び形成する。
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トポイソメラーゼについてさらに知りたい方へ
以下の参考文献もご参照ください。
- 2002 Cellular roles of DNA topoisomerases: a molecular perspective. Nature Reviews Molecular and Cellular Biology 3 430-440